第十三章『げにおそろしきは』
新年まであと数週間と迫り、お屋敷では当主次代、そして稀人たちが奔走していた。
ある時は村外へと出向き、ある時は五村内を廻る。
そしてそんな彼らの他に、お屋敷で奔走する人々の姿があった。
大工さん、である。
私が落とされた井戸の近くに出産の為の産屋を建てる為に、五村の棟梁クラスの大工さんが招集されて、先日ようやく設計図が出来上がり、当主の澄彦さんからGOが出たのだった。
てっきり掘っ立て小屋に風を通さないような造りの産屋だと思っていたら、しっかりとした建物で、小さなお社のような立派な完成形になるそうだ。
正武家の敷地内に産屋が建つのは玉彦誕生以来で、当時関わっていた大工さんたちはすでに引退していたことから、設計図や材木の手配などが後手に回ってしまっていた。
棟梁たちは産屋を建てる指示が出てからじゃないと設計図に手を付けることは出来ないしきたりだったらしく、当主の澄彦さんが彼らをお屋敷に呼んで依頼した時に、遅い! と同級生の棟梁の一人に詰られていた。
そんなわけで着々と私の出産へ向けてお屋敷が浮足立ち、当の本人の私もそわそわと落ち着かない日々だった。
そんなある日。
冬休み目前の週末。
お屋敷の大掃除に駆り出された竜輝くんと、なぜか巻き込まれたエドワードが休憩がてら私の部屋へと顔を出した。
エドワードは学校祭の一件から宗祐さんに弟子入りをして、大分落ち着いた。
子ども染みた言動が多かったが、それは無意識に親に甘えていたのが理由で、宗祐さんに一人の人間として扱われてびしばしと鍛えられているお陰で、ほんの数週間だけれど顔つきも精悍になった気がする。
「いらっしゃい。二人とも。中に入ってー。なんにもお構い出来ないけど」
私は横になっていた布団から起き上がり、彼らを招き入れた。
最近日ごとにお腹が少しずつ大きくなり、夜にお腹を摩る玉彦はいつかはち切れると心配している。
でもネットで妊婦さんの画像を検索すれば、双子が入っているにはまだ小さなお腹なんだけれど。
よっこらせと手をつけば、エドワードは挨拶もそこそこに私の背中を支え、竜輝くんが座布団を折り曲げて背凭れを作ってくれた。
「ありがとー」
竹婆は妊婦は病人ではないと常日頃言っているが、こうもお腹が大きくなっただけで動きが儘ならないと病人ではないにしても不自由は感じる。
最近だと自分で靴下を履くのが怪しく、玉彦はお役目前に私に靴下を履かせることが日課になっていた。
青少年二人は、お布団の脇にちょこんと正座をして私に気遣わし気な視線を送るので、大丈夫というように微笑んでおく。
「大掃除、大変でしょう? あっちもこっちも。離れは高田くんとか那奈がいるけど母屋は二つあるから」
離れは母屋の半分ほどの広さで、普段から松梅コンビがお手入れをしているので大掃除と言っても楽なのだが、母屋は基本的に使用しない部屋は定期的に空気の入れ替えをする程度なので、大掃除ともなれば畳を掃き、拭き掃除やらなんやらと大仕事なのである。
しかも数部屋ならばすぐに終わるが無駄に部屋数があるので、宗祐さんと南天さんの稀人が二人しかいなかった期間は十二月に入ると少しずつ大掃除を進めていた。
「今日は澄彦様の母屋を終わらせたので、明日はこちらの母屋の予定です」
「おおっ! 早いわね! やっぱり若い働き手があると違うわね」
竜輝くんによれば水回りは豹馬くんたちが掃除して、体力がものをいう肉体労働に近いものは二人でしているそうだ。
「それで今は休憩なのね」
私がそう言うと、二人はお互いの顔を見合わせてずずっとお布団へ膝を進めた。
「比和子様」
「あ、改まってなに? お掃除手伝ったからお年玉の値上げ請求?」
「違います!」
竜輝くんに秒で否定されて苦笑いを浮かべれば、エドワードが辺りを見渡して、廊下も確認してから座り直す。
なにやら面倒な悪だくみの相談を始めそうな雰囲気に私は身構えた。




