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「道彦様?」
声を掛けると道彦は無言で襖を開けて中を確かめ、一つ頷く。そして私を中に招き入れた。
「この部屋にしましょう。なんとなく、そう感じます。あぁ、そうだ。この部屋のこの畳」
道彦は部屋の真ん中まで進むと、一枚の畳を指差した。
何の変哲もない畳である。
私と玉彦が寝る時、丁度下にある畳だ。
「この畳の下には隠し箱が収められるようになっているんですよ。元の時間に戻ったならば剥いでみてください。今は時間が惜しいですからね」
「……? わかりました」
やっぱり私が知らない隠し絡繰りがまだまだ屋敷にあるんだなぁと思った。
案外台所の戸棚を動かせば隠し扉とかもあるのかもしれない。
道彦は私を廊下向きで畳に座らせると、自分は桟を越えて廊下に腰を下ろし、両腕を広げて一時停止した。
彼のその仕草に見覚えがある私は姿勢を正す。
あの仕草は、澄彦さんも玉彦も共通の仕草だ。
神格を鎮める為のもの。
まっすぐに私を見つめた道彦はふっと表情を弛めて、なぜか両腕を下げてしまった。
「ど、どうしました?」
「いえ。貴女は視える方ですね?」
「あ、はい。一応」
「もし何も知らずただの人であるならば説明は不要と思いましたが、惚稀人であり屋敷で過ごす時間が長く、そして視えるのであれば知っておいた方が良いでしょうね」
「……はい?」
前屈みになった私に道彦は腕を組む。
「嘘か真か、視えない正武家の人間の屋敷にはよりにもよって六柱の神が居ます。九条、先代の稀人ですが、優れた見鬼の才を持っている稀人ですら気配も姿も視たことはなく、本殿の巫女ですら言い伝えられているだけの神たちです。六柱の神々は家宅六神と言います」
「家宅六神、ですか」
本殿に神様が立ち寄ることがある話は玉彦や竹婆から聞いていたので知っていた。
けれどどんなに私の記憶を遡ってみても家宅六神という神様たちの事を誰かから聞いた覚えはなかった。
「左様です。家を守る神々です。此度の不可思議な事象は彼らの誰かの仕業でしょう。惚稀人は神に愛される者ですから、母屋で閉じこもる貴女に暇潰しさせてやろうとでも思ったのかもしれませんね。もしくは転寝をした神の夢に迷い込んでしまったか」
「……私の場合、迷い込んだ確率が非常に高そうです」
肩を竦めると道彦は口をへの字にして目を見開き、あれまぁと言葉は聞こえなかったがそう思ったことは解った。
気を取り直した道彦は再び両腕を広げ、そして私に微笑んだ。
「もし無事に帰られたなら、本殿に六つ、お神酒を注いだ盃を奉納してください。視えない感じない神たちであっても正武家を永く守られている神々です。感謝をしても罰は当たらないでしょうから。それに存在を忘れ去らぬよう、当代の当主にも言付かってください」
「わかりました」
澄彦さん、忘れてはいないだろうけれど、気にも留めていないんだろうな。
御倉神くらい存在をアピールすれば話は別だけど、家宅六神の神様たちは九条さんですら視えなかったみたいだし。
私の返事に再び頷いた道彦は静かに目を閉じて宣呪言を詠う。
私も目を閉じ、聴き入る。
澄彦さんのように猛々しくなく、そして玉彦のように若々しくもない。
道彦の宣呪言は低音のうっとりとするような子守歌のようで、次第に私の身体は浮遊する感覚を覚えた。
ぱんっと柏手が打たれ、ハッと目を開ける刹那。
道彦の声が響いた。
「願わくは幾久しく幸あらんことを」
目を開ければそこは見知った私と玉彦の部屋で、襖は開け放たれたまま冷気を呼び込む。
私はお腹を抱える格好で頭を下げ、もう二度と言葉を交わすことのない道彦を思い、なぜか涙が流れた。




