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「二体居るとか聞いてなかったんだけど!? 猿助!」
寝込んでいた猿助はこんな時なのにしっかりと着込んでいて、コイツ、着替えていてこっちに来るのが遅れたんじゃないかと疑いたくなる。
猿助は扉を両手で押さえたまま私を振り返り、目をしょぼしょぼさせる。
「な? 居ただろ? 怖いだろ?」
「確かに居たけども! 二体居るってどういうことよ!」
「おれは一匹だと思ってた」
そう言われてしまうと、私は怒りの矛先を渋々収めるしかない。
そしてちょっと落ち着いてきて、八つ当たりだったと改めて落ち込む猿助に謝った。
竜輝くんと高彬さんは二人で話し合い、私は猿助と一緒に鳴丸の様子を伺う。
潰れてはいない、という鳴丸はそれでもまだ痛いらしく、動きは緩慢だ。
私は女性なのでそういう痛みは理解できないのだけれど、以前寝転んでいた玉彦のソコに軽く、ほんとに軽く足が当たってしまいあの玉彦が呻いていたので本当に痛いんだと思う。
「比和子様」
「はいはい」
これからの事を話し合っていた竜輝くんが高彬さんと頷き合ってから、高彬さんが背を向けて姿を消す。
「竜輝くん?」
「高彬さんにはお屋敷から照明器具を持って来てもらうことにしました。ここには電気がないようなので。懐中電灯などはありますか?」
竜輝くんが猿助に聞けば、いくつかはあるけれど電池が切れている物もあるようで使い物になるかは分らないという。
当てにならないものを集めるよりは確実に使えるものを用意するのは稀人の鉄則である。
「一先ず照明が届いてからの作戦をお話しておきますね。これは猩猩の方たちにも協力をして頂かなくてはならないので、よろしくお願いします」
手際よく場を仕切り出した竜輝くんに猿助が感心して腕を組む。
「まだガキのくせしてしっかりしてやがるなぁ」
「竜輝くんはほら、あんたも良く知ってる九条さんの曾孫だからね」
「それで坊ちゃん。この猿助は何をお手伝いすれば宜しいんで?」
竜輝くんをガキ呼ばわりしていた猿助はガラリと態度を変えて揉み手になった。
余程九条さんとの間にも何かあったようである。
竜輝くんは正武家に仕える稀人を輩出する御門森家の直系で、次代玉彦の稀人である。
彼は子供の頃から曾祖父の九条さんから稀人としての英才教育を受けており、実戦経験こそ少ないものの、その知識は同じ御門森とはいえ跡継ぎ教育を受けなかった豹馬くんとは段違いだ。
師である九条さんには自分の父の一心、息子の宗祐さん、そして孫の南天さんの稀人四人の経験が蓄えられていて竜輝くんは小さな頃から既に稀人になると心に決めていたために九条さんから様々なことを学んでいた。
そんな竜輝くんが組み立てた案ならば乗らない手はない。
「至極簡単なことです。部屋が二つあって助かりました」
竜輝くんは話をしながら猿助と鳴丸にこちらの廊下にある積み上げられた雑貨品を奥の廊下へと移動させるよう指示を出す。
「まず高彬さんが戻り次第、照明で部屋を照らして奥の部屋のドアを開けます」
「うんうん」
「そして二体の人形を奥の部屋へと追い立てます」
「そんなに上手く行く? 反撃して来たらどうするの?」
「きっと暗がりに逃げ込むと思います。反撃してきても自分と高彬さんなら対応できます。照明があれば絶対に遅れはとりません」
「それで、追い立てたら?」
「奥の部屋のドアを閉めます」
「閉めちゃうの?」
「はい。そしてこちら側の部屋にある骨董品を廊下に全て出して空間を確保します。これ以上物が壊されるのを防ぐ為とこちら側が動きやすくする為です。それから再び入り口の扉を閉めて奥の部屋のドアを開けます」
「ということは真っ暗になった何もない部屋に誰かが残って奥のドアを開けなきゃいけないってことね」
「はい。ドアは手前に引くタイプだったので開けてドアの影に隠れれば人形に襲われても一時は凌げます。この役は高彬さんが引き受けてくださいました」
「大丈夫かな……」
「大丈夫ですよ。高彬さんだって正武家の役目を担うことのある方です。人形が部屋の様子を確かめに手前の部屋に来たら今度は奥のドアを閉めます。そして入り口の扉を開けて照明で照らせばお終いです。あとは通常通りに祓ってしまえば完了となります」
「おおぉ~」
完璧と思われる計画を聞いて私は思わず拍手する。
つられて猿助も拍手して、さすが坊ちゃん、物を壊さないように気を遣ってくれるとは猿助感激、とよいしょしていた。