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どういうことなんだろう。
お屋敷を徘徊して何かの拍子にタイムスリップでもしてしまったのだろうか。
まさかそんな非現実的な、と思ったがそもそも不可思議なものが存在する世界を知っている私が思うのもおかしなことだと内心突っ込んだ。
戻らなければならない。現代に。玉彦がいる時間に。
でも何が原因なのか私にはさっぱり分からなかった。
玉彦でさえ母屋内であれば安全だと思っていたのだ。
その証拠に私が徘徊して歩くたびに不定期に鈴が鳴ってしまうので、お役目に集中せねばならない玉彦は鈴は携帯しなくても大丈夫だろうと今朝に私に言って、私もそうだな、と油断してしまった。
「立ち話もお辛いでしょうから、こちらへどうぞ」
道彦に促されるまま彼が座っていた座布団を譲られ、私はよっこらせと腰を下ろす。
もしここが私が考えているように過去の時間ならば、道彦に変なことを言って未来を改変してしまう恐れがある。
でもこの状況を打開するには彼の手助け無しでは無理だとも思う。
どうすればいいんだーと寄せた眉間の皺を指で擦ると、道彦は腕組みをしてふんふんと頷いた。
「愚息は今、役目へと出向いています。本日来客があるとは聞いていない。縦しんば貴女が来客だとして、松姉様たちの先導がないのはおかしい」
道彦の問いに答えられない私との間は蝉の声だけ。
正座をしてじっくりと私を見定めた様子の道彦は、口を開いた。
「見れば冬の小紋。この夏に。そして私にも見えていることから神やあやかしの類ではない。人間」
「……人間です」
「しかも妊婦」
「おっしゃる通りです……」
「そこはかとなく私と同じものを感じないわけでもない」
お腹の中にいる子どもたちは曾孫です、とは言えない。
下手なことは言えないのだ。
「ほう、ほうほう。これは何とも面白い。子どもは正武家の者ですね?」
これは、隠せない。もう感じているだろうから。
「そう、です。……双子です」
私がそう答えると道彦のちょっとタレ目がまん丸くなった。
「これはこれは……。生まれた後、子どもたちはどうすると決まりました?」
「五歳になったら一人は外へ出す、と」
「合点がいきました」
道彦はぽんっと膝を打つと、蓄えた顎髭を何度も擦った。
「愚息が口説いている嫁は双子。後に双子が生まれるやも知れぬと話合い、私と愚息はしきたりに従わず子どもを生かす道を選んだ。新たなしきたりに従う貴女は後世の人間、違いますか。こうして話し言葉にも不便が無いことから推察できますね。そうですか、そうですか。それで、どうしてここに?」
それは私が聞きたい。
「運動のために母屋を歩いていたら、ここに辿り着きました」
「それは災難でしたね」
すんなりと私の存在と話を受け止めた道彦は、お茶をお出ししましょうと言ってから席を立ち、私は見知っているはずの玉彦の部屋から見える木々に目を向けた。
私が知っている木々よりも背が低く、やはり過去の時間に迷い込んでしまったのだと実感する。
どうしたら元の時間に戻れるんだろう。
こうしている間にもまた私が消えてしまったと大騒ぎになっていないか心配になってきた。
私一人だけならともかく、お腹の子どもたちも一緒だからなおさら。
呑気に外で鳴く蝉の大合唱はあの時の玉彦の世界を思い出させ、焦燥感に襲われそうだ。
ただの夏なら良い。でも現実ではない世界の蝉の声は私に不穏なものを感じさせた。




