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御倉神が連れて来て以降、あれから二回ほど火之炫毘古神はお屋敷に姿を現した。
玉彦の事を父と呼び、小さく無垢な神様を育てることに拒否反応を起こさなかった玉彦は、火之炫毘古神を膝に乗せて顛末記を読んだりしていて、普段とさして変わらない。
双子が生まれれば子供は三人となり、私たちの子育ては大変なものになりそうである。
「私たち、で出来れば良いけど……」
ポツリと言って目を伏せる。
火之炫毘古神を生んだ伊邪那美は彼の火が原因で亡くなっている。
私が生むのはあくまでも玉彦との間の人間の子どもだから大丈夫だとは思うけれど。
色々と不安に思うこともあるが、よくよく考えれば火之炫毘古神は既に存在していてお腹の中に居る訳じゃないので、私が死ぬことは無いだろうと思いたい。
ぽこぽことお腹が私の意思ではない動きをして、大丈夫大丈夫と慰められた私は午後の徘徊のため、部屋を出た。
母屋を縦横無尽に徘徊して分かったことと言えば、大小様々な部屋が五十八部屋あることだった。
一番狭い部屋は一畳間で六部屋並んでいた。
他にも二畳間があったりなど狭すぎて一体誰が使う部屋なのか疑問だ。
昔は正武家屋敷に勤める人たちが母屋に住んでいたということだから、彼らの子どもが使用していたのかもしれない。
ちなみに後日澄彦さんに母屋に部屋は幾つあるのか尋ねてみたら、奇数代の澄彦さんの母屋は四十九部屋だそうで、二つの母屋の部屋を足せば百七部屋、隠し部屋の家中の間を合わせれば百八部屋だった。
天井や地下へと向かう部屋もあったがこれは一続きの部屋とカウントすれば、黒塀に埋め込まれた百八枚の御札と同じ数。
百八、という数字に何か意味があるのだろうかと私が思うことは自然なことだろう。
今度母屋の見取り図を描いてみようと廊下を進めば、ふとした違和感に足を止めた。
場所はちょうどお風呂場を通り過ぎた辺り。
玉彦との部屋に向かっていた時。
人気の無い廊下を振り返り、前を向いても見た目には違和感はない。
違和感があったのは、空気感だ。
亜由美ちゃんの家に遊びに行けばフローラルな香り、お祖父ちゃんの家はお線香の匂い。
家に住んでいる住人は気にもしていないが、家庭にはそれぞれ独特の香りがある。
そして私が住んでいるこの母屋も私が意識していない香りがあるはずで、しかし今は他人の家に来たような妙な香りがする。
水の匂い、というのだろうか。
腐った嫌なものではなく、清流のマイナスイオンが溢れる清々しい感じだ。
そう言えば私の為にと廊下にも暖房を効かせていたのに、ひんやりとした空気が私を包む。
まさか母屋で、また私は面倒事に巻き込まれたのだろうか。
ただ徘徊していただけで巻き込まれた?
さすがにこれは本当に不可抗力だろう。
自分の家の中を歩いていただけでこんな不思議なことに遭遇するとは玉彦だって思うまい。
とりあえず離れへ行くよりも部屋へ戻り、鈴を手にする方が早いと判断した私は周囲の空気感に首を傾げながら部屋へと戻り、襖を開けたのだけれど。
部屋の中には何もなかった。
玉彦の文机も、私の座椅子も。
すっからかんの部屋を前に私は思考が停止した。