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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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第十二章『あさきゆめみし おやしきの』


 十二月。


 去年の冬は雪ん子が襲来したために大雪に見舞われた五村だったが、今年は平穏な冬の始まりだった。

 日本家屋の母屋は使用していない部屋は底冷えし、人の出入りがある部屋と廊下だけが暖かい。

 なので用もなければ私や玉彦が学生時代に使っていた部屋は外と大差ない寒さになっており、たった一枚の襖なのに隔たりがあるということの大切さが身に滲みる今日この頃。


 半年前に澄彦さんから下された外出禁止令は先日解けたが、寒空の下散歩に行くことも億劫で、中途半端に降っては溶けて凍る雪で足元の状態が悪いために私はお屋敷の中を徘徊して運動不足を解消していた。

 暖かいところばかり徘徊しているので、廊下はもうかれこれ百回は往復していると思う。


 朝餉後、いつも通りに玉彦と稀人たちをお役目へと送り出して、私は母屋で一人きりになった。

 今日は当主の間と惣領の間が開放されるほど忙しく、師匠も走る師走だとしんみり。


 今年も色々あった年だった。

 一年の始まりは浅田さんの不穏な靄を纏った年賀状から始まった。 今にして思えばあの年賀状の靄は緋郎くん親子に纏わりついていた靄と同じもので、神落ちとこれから対峙するぞという神守の眼の警告だった。

 それから小町が藍染村に引っ越してきた事を皮切りに、夫婦喧嘩や家出騒動、陣一家、涛川、そして五村のあやかし集団に神落ちと嬉しくも無いものが含まれた出会いに縁があった。

 そして待ちに待った玉彦の揺らぎが戻り、私の懐妊。しかも双子。

 怒涛の一年だったと言っても誰も否定はしないだろう。


 懐妊してからこれまで母屋で一人きりになることが無かった私は、普段から伸ばしきっている羽を増々伸ばし、母屋を隅々歩きながら一年を振り返っていた。

 地下へと繋がる窓の無い四畳半を通り過ぎ、ここに住んでから大分経つが実は母屋には秘密が隠された部屋があったりとまだまだ隠されている何かがあるのでは、とむくむくと探検心が沸き上がる。

 しかし残念ながら藍染村の絡繰り屋敷のような仕掛けが母屋にあるはずもなく、私の探検心は歩けば歩く程萎んでいった。

 私ごときに見つかるような部屋は秘密でもなんでもなく、毎日掃除してくれている稀人ですら発見出来ない部屋などあるはずもないと思い至るのに時間は掛からなかった。



 正武家の年末年始は一応三十日に仕事、もといお役目納めをし、三十一日から一月四日までお休みである。

 この間は五村で余程の事がなければお役目はせず、家人のみ家中の間という隠し部屋で過ごす。

 お役目が無い日も年間数日あるが、まとまった休みというのは珍しく、その為に十二月は本当に忙しい。


 そんな訳で、昼餉はいつも通り澄彦さんの母屋だったけれど、早々に澄彦さんと玉彦は席を立ち、私は再び母屋で一人きりになるのだった。


 一人、というのは特に苦ではない。

 玉彦という夫が仕事をして、私という無職の妻が家にいることは不思議なことじゃない。

 私の実家ではお父さんが妻は家に居て欲しいというタイプの人間で、お母さんは仕事をせずに三食昼寝付きサイコー! という人だったので上手く行っていた。

 これが仕事思考の女性だったなら、出張が多く家を空け気味なお父さんよりも職場で他の男の人と出会っちゃったりとかして家庭崩壊していてもおかしくはない。

 私はそんなお母さんを見て育ったから、仕事意欲はあるものの家に居る主婦も悪くはないと知っていた。


 そんなことを考えながら胸の下あたりで帯を締め、ふっくらとしたお腹を摩る。

 あと二か月もすればぽぽーんと生まれて会える双子を愛おしく思うと同時に、火之炫毘古神ひのかがびこのかみの存在が頭を過る。




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