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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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「あれが母になるのか?」


 母とは私の事を指しているようで、自分が守護を担う子供の母親だから単純に母と呼んでいるようだ。

 御倉神は火之炫毘古神を冗談で私の子と言ったものだから、その冗談の延長上でそう呼んでいるのかもしれないけれど。


「冗談でしょう? 悪魔になんて憑りつかれたくないわよ」


われもそう思う。あれはかわゆくない」


 火之炫毘古神は私の手を離すと両手を夜空に掲げて捏ね捏ねと手を動かし、どす黒い緑色の悪魔の靄を丸くする仕草を見せた。


 御札の結界を挟んで十数メートルも離れているのに、火之炫毘古神が子供の粘土遊びのように悪魔の靄を手も触れずに思う形に変えていくのを目の当たりにして、私はおおおっと感嘆の声を上げることしか出来ない。

 けっして偶然で悪魔が縦に伸びたり横に潰れたり、丸くなったり細くなったりしている訳ではなく、火之炫毘古神の手の動きに合わせて同じ動きになっていることから悪魔は火之炫毘古神の力に支配されていることが分かる。

 小さな手でおにぎりを握るようにきゅううと火之炫毘古神の手が合わされば悪魔の靄は為す術なく小さく小さく丸められ、手の間にフッと火之炫毘古神が息を吹き込めば夜空の悪魔は燃え上がった。


 断末魔はお屋敷全体を震わす程の大きさで、私を始め須藤くんも御倉神も耳を塞ぐ。

 悪魔の断末魔は恐らく外国語で、雰囲気からして私たちを罵っているんだろうな、とは思うが、残念なことに私は意味が解らないし、聞けば分かるかもしれない須藤くんはしっかりと耳を塞いでいるし、神様二人に至っては物珍しそうに眺めているだけなので、悪魔がどれ程恨み言を吐こうが暖簾に腕押しだった。


 何を燃料にして燃えているのか悪魔は燃え続けており、火之炫毘古神の興味が失せるまでそのままかと思いきや、火之炫毘古神は両手を丸くしたままゆっくりと胸元へと下ろす。

 すると炎に包まれたまま悪魔は御札の結界を通り抜け、火之炫毘古神の眼前に下りてきた。

 火之炫毘古神の炎は神聖なものなので、炎と化した悪魔は結界を越えることができたようだ。


「これからどうするの?」


 パクっと食べてしまうのか、はたまた水に入れて消火してしまうのか。


「古きものは燃やす。新しく生まれ変わるのが良い」


 とっとっとっと悪魔と共に移動した火之炫毘古神は台所へと戻り、竈の中へポイッと悪魔を投げ入れた。

 ばっふんばっふんと悪魔は最初こそ暴れたが、火之炫毘古神が竈へふいごよろしく息を送り込むと、吐息は浄化の炎となって悪魔を燃やし尽くした。

 悪魔にとっては浄化の炎ではなく、業火に感じただろう。

 悪魔が悪魔祓いをされた際に行きつく先は、地獄の業火で延々と焼かれ続ける、と玉彦が出掛ける前に教えてくれた。

 しゃがんで竈を覗き込んでいた火之炫毘古神の隣に片膝を付けば、立てた私の膝に無邪気に抱き付いて来る。


「悪魔は何に生まれ変わるの?」


 地獄の業火で延々と焼かれる運命の悪魔は、日本の神様の炎に焼かれてしまった。

 海外では焼かれ続けるが、日本で焼かれ消滅した悪魔の行きつく先が気になる。

 私の疑問に首を捻って考える火之炫毘古神だったが、考えて考えて考え過ぎて、がくんと首を折って立ったまま寝落ちした。


「えっ!? ここで寝ちゃうの!?」


 驚く私をよそに、御倉神は火之炫毘古神をよっこらせと抱き上げ、ぞんざいな扱いで肩に担いだ。

 もう少し丁寧に扱ってあげてほしい。


「乙女。火之炫毘古神はまだ小僮しょうどうゆえ、経験もなにもかも足らぬ」


 御倉神は私を見下ろして、悲し気に目を細める。


「子供とはいえ神様なんだし、もういい歳でしょうよ」


「火之炫毘古神は産まれたと同時に身罷った為に、人の世で言うところの成長というものが定まらぬ。ここが、この一族が火之炫毘古神が火之炫毘古神であると育て、そうして乙女の腹の子が天寿を全うすれば火之炫毘古神は再び小僮よりも幼い赤子へと回帰する。ただひとときの夢で終わらぬようにこれからもよしなに頼む」


「御倉神。それって……」


 言葉を失い、目を見開いた私の前から御倉神は儚く微笑み、火之炫毘古神と姿を消してしまった。




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