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下げていた音量を大きくすれば、須藤くんも本当だ、と凝視している。
私には聞こえない声を三人は聞いているようで、一人乗り遅れる。
たった数時間で名前を聞き出すことに成功しそうなスミス神父は、見た目に反してやはり出来る人だったのかと感心していれば、ステージ前の私のパネルからぶわりと闇夜の闇よりも濃い黒い靄が立ち昇り、爛れた悪魔の顔を浮かび上がらせた。
人間にしては耳も長く、鼻は垂れ下がり、というか顔の皮膚全部が重力に引っ張られて弛んでいる悪魔はどす黒い緑色だった。
これぞ悪魔! という出で立ちに強ち映画もフィクションではないな、と感心していると隣にいた火之炫毘古神が椅子から飛び降りて、台所の勝手口付近にある竈へと向かい、竈の薪をくべる板をしゃがみ込んで外しだす。
使わなくなって久しい竈は若干埃を上げて、火之炫毘古神の小さな指先は黒くなった。
「何してるの?」
御倉神に言葉遣いと指摘した私だけど、見た目が子供の神様だとどうしても話し掛ける言葉が年相応のものとなってしまう。
火之炫毘古神は特段気にする風もなく、私に向き直るとうんうんと頷いて隣に戻って来た。
竈で炊くご飯が食べたいというアピールなのかと須藤くんと顔を見合わせれば、タブレットの向こうは佳境を迎えたようで轟々と木枯らしではない風が巻き上がり、グラウンドに百鬼夜行のような竜巻が出来上がっていた。
「すごっ。あれに乗って天国に昇天するのかしら。それとも地獄に落ちて行くのかしら」
用済みになった私のパネルはぱたりとその場に倒れ、ずるずるとグラウンドを這いずっている。
スミス神父は強風の中、十字架を前に翳し、手にしていた聖書はパラパラとページが捲られていた。
私には聞こえないけれど、たぶんさっさと成仏しろ的な何かを言っているのだろう。
手に汗を握って行く末を見守っていると、悪魔の顔を浮かび上がらせていた竜巻は徐々に勢いを失くし、つむじ風程度になり。
そして音も立てずに弾けた。
随分呆気ない終わりだとタブレットに寄せていた身体を離した瞬間、豹馬くん視点の画面は夜空へと向けられ、私は再び身を乗り出す。
弾けて消えてしまったかと思われた悪魔は姿こそ薄らとなったものの、顔だけの靄になりどこかへと飛んで行ってしまった。
『須藤!』
画面の向こうから玉彦の声が聞こえると同時に須藤くんは素早く立ち上がり、シンクに面しているガラスの窓の前に駆け寄った。
刹那窓が粉々に弾け飛び、台所はガラスの海となるかと思いきや、私の隣にいた御倉神が懐から出した鉄扇で突風を押し戻した。
「須藤くん!」
風通しが良過ぎるようになってしまった窓枠から身を乗り出している背中に声をかけると、彼は何も言わずに勝手口から飛び出す。
追い駆けようと立ち上がれば火之炫毘古神が遠慮がちに私の手を握った。
「一緒に、吾も」
「え、危ないけど! いいわ、行きましょ!」
私たちよりも先に外へ出ていた須藤くんと御倉神は揃って夜空を見上げており、勝手口から顔を覗かせた私の目にはタブレット越しに観ていた悪魔が映った。
ぎょろりとした落ちそうなほど飛び出た目がこちらを見下ろし、どこから出ているのか細長い爪が鋭利な二つの手がお屋敷の見えない結界に張り付いている。
「な、んでここに」
「成代わりをしに来たのであろ。厄介なものに目を付けられたな、乙女」
「えええっ。いつ目を付けられたんだろ。学校祭に行ったから気付いたのかな」
黒塀に埋め込まれている百八枚の玉彦の御札によって張られた結界は強固だが巻き起こる風は防げないようで、私のマタニティワンピースがぶわりぶわりと裾を泳がせる。
裾を片手で抑えると反対側に居た火之炫毘古神が眉根を寄せていた。




