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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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14


 大人と子供の影を見て自宅に居るはずのジュリアさんとリチャードくんが頭を掠めたが、子供の身長が低すぎる。

 それに見知った人間であっても母屋に案内も付けずにいることはあり得ない。


 しばらく睨み合い、大人を窺うように見上げた子供がその手を放して私に向かって駆け出した。


 彼らと私の間には十分な距離がある。

 この距離なら私に接近し過ぎる前に止めることが出来る。はずだった。


 眼に力を籠めて神守の眼が発動しているはずなのに周囲は白く発光するばかりで、子供動きは止まらなかった。


 止まらないってことは……。


 両腕を広げて私にボフッと抱き付いた子供は無邪気に笑い、ちょうど自分の頭辺りの私のお腹に頬擦りをした。

 無造作に伸ばされた黒髪はあちこちに跳ねて、着ているものと言えば麻布の簡単な縄文服である。

 痩せてはいるが健康的に日に焼けた男の子は呆然としている私を見上げて人懐く笑う。

 いかにもわんぱく坊主で、笑った口元の前歯は一本欠けており、整った顔をしているはずなのに間抜けに見えた。


「どっ、だ、誰? どこから来たの!?」


 薄い両肩を掴んで引き離そうとしても頑として離れようとはしない男の子に気を取られていると、もう一つの影が私に近付き、その姿に本当に安堵の溜息が出た。

 白と水色の水干姿の御倉神は滑るように廊下を進み、男の子の頭に手を乗せた。


「御倉神……。子供、出来たの?」


「何を言う。わたしに子は居らぬ」


 くしゃくしゃと髪を乱された男の子は確かにあっさり顔の御倉神とは似ても似つかなかった。


「じゃあどこの子よ」


「乙女の子」


「いや、私、まだ産んでないからね。しかも神様なんて産めないからね」


 妊婦を未だに乙女と呼ぶ御倉神の乙女の定義とは一体、と思いつつ、私は男の子を見下ろす。

 本当はしゃがんで目線を合わせたいところだけれど、お腹に負担が掛かりそうなので立ったまま。

 私が知っている神様で子供が居そうなのは沢山奥さんがいる大国主だけど、彼の子供が私を訪ねて来るとは考えにくい。


「えー、誰よ。誰よ。お名前は?」


火之炫毘古神ひのかがびこのかみ!」


 聞くや否や、私は腕を伸ばして御倉神の胸ぐらを掴んだ。


「あんたっ! なんって神様を連れて来てんのよ!」


 火之炫毘古神ひのかがびこのかみ、別名火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)

 伊邪那岐と伊邪那美の間に生れた神様で、私の子供を守護すると言われている神様である。

 ちなみに澄彦さんに付いている志那都彦神しなつひこのかみと兄弟で、半分血が繋がっている定義となるのが伊邪那美の吐しゃ物から生れた玉彦に付いている神様の金山彦神かなやまひこのかみだ。

 そして彼らが生れ、伊邪那美が居なくなった後に伊邪那岐が禊をして生まれたのが御倉神の父である素戔嗚。

 人間の世界で言うと火之迦具土神ひのかぐつちのかみは御倉神の伯父にあたる。

 見た目は逆転しちゃっているけども。


 私にガクガクと身体を揺すられた御倉神は揺すられたまま、しれっと澄ました顔を保つ。


「ほれ。前に火之迦具土が次代に迷惑を掛けたであろ。その謝罪に来たのだ」


「えっ!?」


 二度見した私に火之迦具土神はテヘへと苦笑いして、頬を人差し指で掻いた。


「すまん」


「あ、はい……」


 神様に謝られちゃったら、はいと言うしかない。

 謝罪を突っぱねることなんかできるはずがないし、あんなことしちゃダメよ、と説教を出来るはずもない。


「出雲で顔を合わせたので連れて来た。火之迦具土は初めて正武家の守護をするので勝手を知らなかったからのー。過剰な手出しは不要なことと教えてやった」


「教えてやったってあんたよりも年上でしょうが。言葉遣い」


「何を言う。ことこちらの下界においてはわたしの方が良く知っておる」


「御倉神が知っているのは美味しい食べ物とかでしょうが。えー、どうしよ、どうしよ。玉彦は今、お役目で居ないのよ。惣領の間を勝手に使うのも駄目だし、本殿は寒いし、どうしよ。竹婆に聞かなきゃ」


 御倉神の胸ぐらを掴んだまま、まだ私に抱き付いている火之迦具土神を見て右往左往していると、台所の片付けを終えた須藤くんが廊下を曲がって来て、私たちを見てビクッと足を止めた。

 御倉神はともかく、私に抱き付く子供を凝視して、タブレットを廊下に置く。不測の事態を考えて両手を空けたのだ。


「どういう状況?」


「神様たちが来た状況?」


 私の答えに須藤くんはお茶請けは揚げで良いのかとずれた返答を返した。




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