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「で、出た!」
私の声と同時に竜輝くんが入口へと駆け出し錫杖を振り上げたけれど、上方へと身体を浮かべた人形は天井に沿うように部屋の奥の暗闇へと姿を眩ましてしまった。
「とりあえず一旦外へ出ましょう。想定外の大きさです」
ほんと想定外だった。
想像では精々三十センチくらいの可愛らしい人形が動いているものだとばかり思っていた。
なのにほぼ子供と等身大の人形とは。
ああいう類のものは大きさに比例して力も強くなる。
道理で猿助しか対応できなかったはずである。
扉までの距離は二メートルほどだったけれど戻って来た竜輝くんが私の手を引き、高彬さんが背後を警戒する。
「ああっ!?」
竜輝くんが驚きの声を上げ、私は身体が固まる。
扉を開けていてくれたはずの鳴丸がその場に蹲り、扉の片側の前には。
真っ白い顔がひび割れた五十センチくらいの赤い着物の日本人形がギギギとこちらへ顔を動かし、ニヤリと口だけ笑ってパタンと扉を閉めてしまった。
真っ暗になった室内に私たちは閉じ込められてしまった。
「二体いるとか……どうなってんのよ」
「比和子様、もう少し小さな声で」
「あのねぇ、きっと人形たちからすればこっちなんて全部見えちゃってるわよ。今さら声を小さくしたところで意味ないわ」
「でもあまり刺激しない方向でお願いします。高彬さん、明かりありますか?」
「スマホのくらいしかないな。でも明かりを出せばそこだけに目が行って他が見えにくくなる。このまま目を慣らすしかない」
とりあえず私たちは扉を背にして開くのを待ちつつ、声を潜めて会話する。
扉の向こうの鳴丸は日本人形に痛恨の一撃を下半身に受けたらしく動けないそうで、代わりに阿平が猿助を呼びに走っていた。
困ったことにこの扉、泥棒対策の為に内側からは開かない仕様になっていた。
お陰で人形たちは外に出られないのだけれど、私たちも出られない。
猿助がこの部屋を訪れた時は外に他の猩猩を待機させて開けられるようにしていたようで、駆けつけた阿平が開けようとしてくれたのだけれど彼は部屋の近くに来るのが精一杯で扉に手を掛けることが出来なかった。
人形に威圧されないのは猿助や鳴丸くらいだったようで、猿助は寝込んでいるし、鳴丸はまだ呻いているのがこちらにも聞こえている。
高彬さんと竜輝くんは鳴丸に甚く同情した声で向こう側に声を掛けていた。
限られた空間ということで、今年になってようやく判明した神守の眼の力を発揮する出番かとも私は考えたけれど、空間ごと神守の世界にしたとしても暗闇であることには変わりない。
目に見えるものを止めることが出来るけれど、見えないので止められないのだ。
精々応援を呼ぶことくらいは出来るけれど、呼ばれた彼らもこの暗闇では困ってしまうだろう。
八方塞がりの暗闇の中、目が段々慣れてきたとはいえ窓の無い部屋なので手探りしながら高彬さんが動き出す。
「物が多すぎてムカつく」
ガタンガタンと足をぶつけている音と高彬さんの誰に向けたわけでもない文句に紛れて、カシャンと私の耳元に何かが飛んできて陶器が割れる音に背筋に嫌な汗が流れた。
「なんか飛んできてない?」
隣にいるであろう竜輝くんに声を掛けたと同時に数が増え、私は慌ててしゃがみ込んだ。
猿助が集めに集めた骨董品の部屋には陶器が数多くあり、どうやら人形たちがこちらへ向かってフリスビーのように飛ばして来ている様である。
当たっても余程の事がなければ死にはしないだろうけど痛いのは避けたい。特にお腹に当てられたくない。
竜輝くんが錫杖をクルクルと目の前で回転させて扇風機の羽のようにして飛んで来る陶器をある程度防いでくれていると、ようやく扉の外から猿助の声が聞こえて、それから扉が押し開けられた。
「よかっ……た、あぁぁぁっ!?」
扉から光が入り、しゃがんでいた私の目の前には私と同じくしゃがんだ日本人形がこちらをニヤニヤと見上げていた。
見えなかったから気が付かなかった。
いつから日本人形は私の前に居たのか。
愛らしかったはずの日本人形の髪はパサパサに乾いて枝毛が目立ち、切り揃えられていたであろう毛先はところどころ伸びていて、くすんでひび割れた顔にあるパチリとした黒い目はいやらしく半円を描く。
にちゃあと音を立てて開いた朱が塗られた唇の向こうには必要が無い、むしろ作成者は作らなかったであろう歯が並んでいた。
「うっ、わぁぁぁっ!」
そして私は、思わず。
日本人形の頭を鷲掴みにして持ち上げ、遠くへ放り投げた。
思いがけない反撃にあった日本人形は固まったままお皿が並ぶテーブルにうつ伏せでダイブして派手な音を立てて視界から消える。
「比和子様!」
竜輝くんがしゃがんだままの私の帯を引き、引き摺って扉の外へと脱出させて、高彬さんがまとわりつくフランス人形を掻い潜って逃げてくる。
そしてこちらへ来ようとしたフランス人形の目の前でバタンと猿助がタイミング良く扉を閉めた。