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ステージ裏に護符を貼り付け数十分。
玉彦と豹馬くんの口数も少なくなり、タブレットからは木枯らしの風の音しか聞こえない。
初雪も先日降り、冬本番へ向かう風は聞こえているこちらにも寒さを覚えさせる。
玉彦はきちんと羽織を持って行ったのだろうかと母親のように心配して、さっき映された彼の姿を思い出せば普通のお役目着だったことを思い出す。
帰って来たらすぐにお風呂に飛び込ませなくては。
普段から体温が高い玉彦は防寒には本当に無頓着で、お正月の時は室内着でかまくらを作ったりしていた。
脂肪の鎧があるから寒くないのではなく、食べたらすぐ熱に変換してしまう代謝のお陰である。
そんなことを考えていると、豹馬くんの視界が左右に動き始め、若干体勢が低くなった。
『来た』
私たちにだけ聞こえるように小さく呟いた豹馬くんの声に、私と須藤くんも無意識に動きを止めた。
とっとっとっと心臓が高鳴り、私はタブレットに手を添えていた須藤くんの手に指先を揺れさせる。
須藤くんは良く聴こえる耳を持っているけれど、豹馬くんのようにはっきりと視える眼を持っている訳じゃない。
現場に居れば視えるかもだけど、今回のように画面越しだとまだ視えないのではないかと思った。
「須藤くん、視える?」
「まだ……。暗すぎて」
「私も」
食い入る様に凝視しても画面はステージ裏を映しているのみで、豹馬くんが来たと思ったのは身体に感じたもののようだ。
それから数秒。
校舎側から何かが現れた。
それはやはり人型で、いっちにいっちにと身体を揺すらせ拙い足取りで、動きのわりに歩幅が狭く、ステージに向かっているのは解ったけれど遅々として進まない。
強い風が吹けば一時停止し、そこからよっこらせと進み出す。
「あいつ、かったるいわね」
数分眺めていても少しの距離しか進まず、私が文句を言うと豹馬くんの視線が地面を向いた。
細かく揺れた画面からは笑いを堪えた声が伝えられる。
「えっ。何よ。今、笑うとこあった!?」
隣の須藤くんを見れば、口を押さえて私から顔を背けて肩を揺らす。
「豹馬くん。顔を上げなさいよ! 見えないってば!」
いくら私がこちらで言ってもあちらには聞こえていないけれど、私は言わずにはいられなかった。
『比和子……』
玉彦の声が半ば呆れて私を呼ぶ。
『我らのものがあるのなら、比和子のものがあってもおかしくはないが』
揺れる視界が再び前を向き、私はぐぐっと前のめりになって画面を見つめた。
すると須藤くんはもう我慢できなくなったようで、隣で声を上げて笑い出した。
「須藤くん、笑い過ぎ。……あっ? ああああああああっ!」
私はタブレットを両手で掴み、これでもかというほど顔を近付けた。
ステージ裏に到着した人型は、左手で何かを抱え、右手を天に突きだしている。
薄らと月明かりに照らされ始めた姿に、私は目が丸くなった。
「私だ……」
高校二年生の時。私は豹馬くんと須藤くんとの取引で、クラス対抗歌合戦に参加する為、鈴白村に残ることを決めた。
そうして参加した歌合戦は絶対に優勝してやると思っていたけれど、三年生の福田先輩に破れ準優勝だった。
そして彼が卒業した三年生時、私は念願の優勝を勝ち取ったのだ。
一メートル近い優勝トロフィーを抱え、マイクを高々と掲げてステージで瞬くフラッシュを浴びたのだが。
えっちらおっちら歩いて来ていたのはその時の私の等身大のパネルだった。
美山高校のセーラー服ではなく、国明館のグレーのブレザーだから間違いない。
パネルには『栄光は誰の手に!』と書かれた襷が掛けられていた。
「なっ、なっ……!」
「か、上守さんもポラ撮ってサインしないとっ……」
「こんなの肖像権の侵害よっ! 私をパネルにしてどうすんのよ! 誰得よ!」
「上守さん、可愛かったから。制服違って目立つし、客寄せパンダには持って来いだよね」
「褒められても嬉しくない! いつから、いつから使われてたのかしら!? どおりで学校祭の時、やけに一緒に写真を撮ってくださいって言われたはずだわ!」
玉彦のおまけ程度に言われていたのだろうと思っていたけど、二、三年生の学生からすれば学校祭の度に見かける私のパネルのお陰で親近感があったのだろうと今では分かる。
そしてもっと思い出せば、一緒に写していた子たちは腕を上げていた、と思う。
……まるっきりネタ写真じゃないか。