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「持ってきたけど」
「それね、蟠桃っていう美味しい桃。孫悟空が勝手に食べて不老長寿を授かった例の桃。楊貴妃が好んで食べたとか言われてるやつ」
須藤くんの説明を聞いて、私は目と鼻の穴が広がった。
「はあっ!? そんな伝説の桃が存在するの!? 玉彦、そんなこと一言も説明しなかったわよ!?」
玉彦の言葉足らずが過ぎる悪癖に私は地団駄を踏む。
知っていれば絶対食べてた!
くわぁ~っと叫び、両手で髪の毛を掻き毟れば、須藤くんは苦笑いをし、タブレットの向こうでは豹馬くんが今頃上守が屋敷で叫んでいるだろうな、と呟いた。
須藤くんの報告によれば桜の木よりも低い木々は全て爆ぜていたそうなので、もう蟠桃が私の口に入ることはない。
なぜ蟠桃の木が爆ぜてしまったのかは分からないが、もったいないことをしてしまった。
今後玉彦がお土産を持って来たら、由来を必ず聞こうと私は心に決めた。
私がお屋敷で悔やんでいることを知らない玉彦と豹馬くんは蟠桃の美味しさはそっちのけで、会話を進めていた。
『蟠桃が全滅って相当だよな』
『うむ。しかし此度の者の所為ではなく、恐らくは先達ての神落ちに因って爆ぜてしまったのであろう。藍染の絡繰屋敷の鬼門封じも破壊されていた故、無理からぬことだ。若木で力が弱かったのであろう』
「須藤くーん」
二人の会話に全く付いていけない私は、再び須藤くんを窺う。
「桃の木ってね、魔除けの意味合いがあるんだよね。桃の節句のひな祭りとか桃太郎とかね、桃は昔から重宝されてる。玉彦様は学校に悪いものが入り込まないように蟠桃の木を植えて結界を張ったんじゃないかな」
「付喪神は平気だったのかしら」
「一応神様だから。たぶん蟠桃の結界は大きな網みたいなもので、網の目よりも小さな禍は侵入できて、神落ちみたいな強大なものは弾くようになってたんだと思う。小さなものなら付喪神が追い払えるだろうし」
須藤くんの説明に納得した私は画面に目を戻す。
つまり今回の事と蟠桃の木が爆ぜてしまっていたことは別物だけれど、蟠桃の木が神落ちのせいで役割を果たせなかったが為にオルゴールから逃げ出したものが学校に入り込んでしまったのだ。
そして通常なら付喪神が追い払うところ、エドワードが数か月前に守り神である付喪神を封じてしまったから、校内には大小様々なものが彷徨っている、と。
「それにしてもどうして玉彦は蟠桃を植えようと思ったのかしら」
「たぶん、だけど。僕らの代で七不思議の大半が消滅しちゃって、新たな七不思議が生れないようにじゃないかな。人の噂が呼び寄せてしまうこともあるしね」
以前小町が巻き込まれてしまった廃墟の一件も、元々は何てことないただの廃墟だったそうだ。
けれどそこにはお化けが出るぞ、という人々の噂や恐れが集まり奇妙な禍が形成されてしまったと聞いていた。
「でもさ」
私がそう口にすれば、須藤くんが首を傾げる。
「七不思議って必要悪だと私は思うわ。悪なのかどうかはともかく。七不思議ってワクワクするもん」
「あぁ、うん。そうだね。そっか。だから付喪神は平気だったのか」
「ん?」
「蟠桃の結界の網が大きい理由。付喪神が平気だった理由。生徒に悪影響が出そうな大きなものは駄目だけど、小さなもので付喪神が追い払える禍はお目こぼしされてたっていうのはさ、玉彦様も必要なものだって思ったのかもね」
玉彦がそんな気の利いたことをするかしら、と私が言えば須藤くんは、してくれるよ、と自信を持って頷いた。




