7
夜の帳がすっかり下りて、美山高校の学校祭二日目が終了を告げた頃、正武家屋敷からは次代を始めとする面々が学校へと出立した。
私は玉彦との約束通りお留守番で、万が一のためと元々お屋敷には稀人の誰かが残らなければならないので須藤くんが私と一緒に彼らを見送った。
スミス神父は息子のエドワードを連れて向かったそうで、リチャードくんは帰宅したジュリアさんと家に居るそうだ。
時計の針が天辺を指す頃にはお役目を終えて帰宅するであろう玉彦を部屋で一人待つのも落ち着かず、私は須藤くんを促して台所で待つことにした。
紺の作務衣に着替えた須藤くんは片手にタブレットを持ち、私が座るダイニングテーブルの隣に座る。
いつもは正面が定位置なのに、と不思議に思っていたら、タブレットを横にしてスタンドに立てかけた。
「何か観るの?」
「うん。この前、外のお役目に行った時、玉彦様が買って来たんだよ」
「玉彦が、タブレット?」
「これは僕の私物。買ったのは……」
そう言って須藤くんが白いタブレットを操作すると、画面には車の運転席から見える薄暗い景色が映し出された。
誰かが、というか豹馬くんが運転している車だ。
ライトが照らし出す見慣れた通学路はリアルタイムで進み、私は見入った。
「豹馬の眼鏡のフレームにも取り付けられる小型カメラ」
「それって盗撮とかに使うやつ?」
私が怪訝気味に言えば、須藤くんは苦笑いを浮かべた。
「盗撮すれば悪用、有意義に使えば遠隔でも指示を出せるツール」
「玉彦ってば何だってこんなの買ったのかしら」
「お役目に使えるかもっていうのもあるけど、お屋敷を空けている間、部屋を映しておきたいっていうのもあったんじゃないのかな」
子どもたちが生まれたら心配でしょうがないのだろうが、部屋にカメラを設置しようなんて考えていたのか。
私は別に後ろ暗いところが無いから一向に構わないけれど、すぽんと自分の一族の体質を忘れている玉彦に呆れた。
「あのさ。今は須藤くんも普通に家電製品使えてるけどさ、子どもたちが生まれたらアウトだからね。揺らぎをある程度制御できるまで、壊れまくるわよ?」
「あっ……。そっか……」
正武家の跡継ぎは自身が抱えるお力を次の世代に受け継ぐまで、余剰分のお力を発散させる。
幼い頃は余剰分のお力が無い状態だが、自身の力を制御出来ない為に泣いたり怒ったり負の感情が爆発すると周辺の電化製品は顕著に影響を受けて壊れてしまう。
玉彦の場合は電気のような発散の仕方だったので、母屋の台所の電子レンジはもう数十台目である。
ちなみに澄彦さんの場合は周囲の温度が上昇する発散の仕方だったそうで、家電製品は勿論のこと、野菜などの食品は高熱のため瞬時で温められてすぐに腐ってしまったそうだ。
次代である玉彦の余剰分のお力が私のお腹の中の子どもに受け継がれ、まだ生まれていない束の間だけお屋敷は揺らぎの脅威から解放されている。
今は普通に使えている家電製品もあと数か月後には使えなくなるはずだ。
「年が明けたら家電製品はお屋敷の外に避難させておくことをお勧めするわ……」
「うん、そうだね……。赤ちゃんの時なら尚更コントロール出来なさそうだ。多門にも言っておかないと」
須藤くんはぐるりと台所を見渡して、勝手口近辺にある古びた竈に溜息を零した。
最新式のシステムキッチンである玉彦の母屋の台所には今はもう使われていない竈がある。
実は澄彦さんの母屋の台所にもある。
これはつまり、家電製品が使えなくなった時の緊急事態用のもので、家人の食事を準備しなくてはならない稀人たちは竈を使いこなさなくてはならない。
昔は当たり前のように使用されていただろうが、現代機器に慣れてしまった彼らは苦労するだろう。




