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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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6


「開けた途端に影が出てどこかへ飛んで行きました。すぐに追い掛けたけどもう気配が無くて。見つけたらすぐにオルゴールに入れなきゃと思って持ち歩いてたけど、見つからなくて。それで学校で気配を感じて追い掛けてたらそこの人たちが護符を剥がして回ってて。みんなアイツの味方なんだって思って」


 無暗矢鱈に貼られていた護符が誰かに被害を与えない様剥がしていた稀人たちの行為は、竜輝くんが人間じゃないと思い込んでいたエドワードの目には逃げたものに加担している様に映っていたのか。


 それにしても、だ。

 逃げたものが入れられたオルゴールが鈴白村に持ち込まれ、そして昨晩逃げ出したが、五村内の不可思議な異変を関知することが出来る澄彦さんや玉彦はどうやら気にも留めていなかったようだ。

 いや、気にも止めないどころか気が付いていなかったんじゃないだろうか。

 それは小さすぎる禍で放って置いてもそんなに害のないものだったのか、それとも彼らが関知出来ない何かだったのか。


 そんな小さな疑問を考えていると、玉彦は手にしていた黒扇を一旦開いてから良い音をさせて閉じた。


「相分かった。して、オルゴールは今どこにある」


「二階の端の男子トイレ」


 あぁ、そこは。

 ほぼ進学特化クラスの男子しか使用しない位置にあるトイレだ。

 私が七不思議の用務員と鉢合わせした女子トイレのお隣である。


 学校祭で校内は一般客に開放されてはいるものの、クラス展示が主だった二年生の階は教室以外は立ち入り禁止区域になっており、生徒と教師以外は足を踏み入れないようになっていた。

 しかもトイレは端の方にあるので、余程じゃなければ生徒も利用しない、というか進学特化以外の生徒には存在を忘れ去られている。


 エドワードから在処を聞いた玉彦に頷かれた多門は黒駒を伴い、すぐに惣領の間を後にした。

 黒駒に先行させてトイレを使用不可にし、多門が回収するのだろう。

 山々の道なき道を行ける黒駒は多門よりもずっと早く到着するはずだ。

 学校にまだいる守くんやジュリアさんに頼むっていう手もあるが、逃げたものと鉢合わせしたら目も当てられない。


 多門が姿を消し、再び沈黙が惣領の間に戻る。

 しかし今度の沈黙は早々に破られた。


「私が思うに、中に居た者は人が集まる学校祭に吸い寄せられたのだろう。そして自身を解放したエドワードの気配が残る護符を辿っていたように思う。しかしそれだけでは無かったようである。既に中の者は何者かに憑りつき、所縁ゆかりある場所を廻っていたと考えられる」


 恐らくそれは女性で、そして私に所縁がある人物。

 パッとすぐに頭に浮かんだのは小町だが、違うと思う。

 なぜなら小町は私たちと同時刻くらいに学校に到着をしていた。

 しかも猩猩二匹を伴ってだ。

 校内に散らばる手形は短時間で周れる場所ではなかった。

 それにどこか抜けている猿助だけれど、ああ見えても猩猩のお頭である。

 参謀役の鳴丸も居たことから、もし小町に何かが憑りついていたとしたらさすがに気が付くと思う。


 そして女性と言えばジュリアさんもだが、保健室で視た限り変わった様子はない。

 あとは東さんや紗恵さん、亜由美ちゃん、希来里ちゃんも居たけれど、稀人である伴侶を横にしてその可能性は低いし、何よりもやっぱり校内を短時間で周れない。


 女性で私に所縁ある場所を廻る人物に全く思い当たらなかった。



 多門が美山高校に到着し、無事二階の男子トイレの掃除ロッカーでオルゴールを確保した報せを受けて、惣領の間は一旦解散となった。

 学校祭の人出が引けて、生徒や教師が帰宅した後に正武家の面々とスミス神父が学校に向かう手筈となり、スミス一家は自宅へと帰る。

 多門はそのまま学校に居残りとなり、オルゴールを手にしたまま黒駒と校内を巡回するそうだ。

 もし付喪神と遭遇できればなにか情報がもらえるかもしれない。


 玉彦と私は自室へと入り、各々無言で着替え始める。

 とりあえずゆったりめのマタニティワンピースに落ち着いた私は、座布団に座って足を伸ばした。

 毎日そこそこ運動して歩いてもいるのにむくんでいる。

 そしてお腹がちょっと張り気味だ。

 いっぱい食べたからなのか子どもたちが成長したのか分からないけれど、朝よりは心なしか大きくなった気がする。

 今夜の夕餉は誰よりも手際が良い南天さんと竜輝くんが用意してくれるので、お呼びがかかるまで玉彦とお部屋でまったりとした時間を過ごす。はずもなく、私は小難しい顔をして文机に向かう玉彦を背後から抱き付き襲った。


「たまひこー」


「ならぬ」


「……まだ何も言ってないじゃん」


「言わずとも分かる。夫婦だからな。ならぬ」


「……ならぬ星人め」


「何と言われようともならぬ」


 くるりと身を翻した玉彦は私を抱きとめてから膨らむお腹に手を当てた。

 愛おしく数回撫でて溜息を零す。


「良いか。比和子は母なるぞ。万が一の事があっては困るのだ」


「それは、分かるけど。でも気になるじゃないの」


「ならぬ。猩猩屋敷のような小物で在ればいざ知らず、此度の者は憑りつくことに長けている」


「……ねぇ? もしかしてもう玉彦は何が学校にいるのか解っているの?」


 言葉をぐっと飲み込んだ玉彦の膝を数回しつこく揺すれば、観念してから私に交換条件を持ち出した。

 教えてくれるかわりに大人しくお屋敷に居ろという。

 渋々頷いた私に三度念を押してから、玉彦は眉間に皺を作った。



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