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ここ数か月、正武家屋敷では徹底して妊婦ファーストが布かれていた。
一つ、お役目以外の私の我儘には出来る限り対応すること。
二つ、妊娠中は感情の揺れ幅が大きくなるのは月子さんの時に澄彦さんが痛いほど知ったので、理不尽な怒りでも大人しく従って聞き入ること。万が一逆らうと、今度は泣きだしてしまって数日塞ぎ込むので、手に負えなくなるから厳守。
三つ、暴走したら気が済むまで走らせておくこと。
四つ、暴飲暴食を防ぐ為、冷蔵庫の私物には名前を書き込むこと。
私の今の行動は一つ目に抵触しているが、お役目に参加することがほとんどなかった数か月に亘る妊婦ファーストにおいて彼らの頭の中からは『お役目以外の』という一文が薄れていた。
誰かがあれ?と気が付くまでに勢いで押し切ってしまいましょう、と南天さんは事もなげに言った。
さすがに玉彦辺りはすぐに気が付くのでは、と私が心配を漏らせば、さっきの惣領の間の雰囲気を考えれば、成功する算段が高いと南天さんは判を押した。
ならばと満を持して私は襖を勢いよく開けたのだった。
南天さんの作戦は功を奏し、現在惣領の間では私の暴走を止めようとする者はいなかった。
さっきは多門が暴力はダメだと言ったけど、暴走するなとは言わなかったので手を出さなければ問題はない。
そして私はここから皆の前で名推理を披露しなくてはならない。
リチャードくんからあらましを聞いていたのでヤラセの名推理である。
玉彦に背を向け再びスミス神父に迫り、私は眉間に皺を寄せた。
「中に何が入っていたんですか」
「それは……、これから詳しく調査をする予定でした」
「ふむふむ。と言うことは、中に何かが入っていたオルゴールが無くなったわけですね。ここまで来たらもうどんな鈍感な人だって解かるわ」
鋭い視線をエドワードに向け、私はピッと指差した。
「エドワード。オルゴールを開けて中の何かを逃がしちゃったんでしょ! でもって家に置いていたら中身が無くなったのがバレちゃうから、スミス神父が捜しに来ない学校に持って行って隠した! 学校にはジュリアさんがいるけれど彼女が立ち入らないであろう場所に隠した! それは男子生徒しか入られない場所! トイレとか更衣室とか!」
最後の方は当てずっぽうで言ったけど、エドワードの瞳が左右に酷く揺れた。
「どうなのっ」
エドワードに迫った私の後ろで南天さんが固まってます、と言うので慌てて私は眼の力を抜く。忘れてた。
目は口ほどに物を言っていたけれど、彼の口から惣領の間、特に次代に聞こえなければこの場はどうにもこうにも動かない。
身体の自由が戻ったエドワードは両手で自分の二の腕を摩り、金縛り、と呟く。
「そう、金縛りよ! 私はね、この眼力で金縛りだって起こせちゃうのよ! で、どうなの!」
「その、通りです」
がっくりと畳に手をついたエドワードにふんっと頷き、私は振り返って玉彦にもふんっと頷いた。
すると玉彦も勢いに乗せられて頷く。
何に頷かされたのか解っているのだろうか。
暴走を演じ終えた私は南天さんと澄まして元の位置へと戻り、胸のドキドキを抑えつつ腰を下ろした。
すかさず多門から背中を突かれ何とも居心地が悪い。
あとは玉彦にお任せだけれど、彼は頷いたきり再び無言を選択した。
何のために頷いたんだか。
数分の沈黙の後、エドワードはスミス神父に背中を押されて座り直し、すっかり諦めた様子で項垂れ話し出した。
私だったら畳みかけて白状させちゃうけど、玉彦は自発的に話し出すのを待っていたようだ。
「夜にオルゴールに呼ばれたような気がして開けました……。一人で」
一人、では無かったはずだ。そこには弟が居たはずだが、兄は隠蔽するようだ。
僅かに振り向いて南天さんを確認すれば目を伏せて口角を上げたので隠したとしても問題はないのだろう。
私の眼にもリチャードくんに何かが憑りついている様子は視えなかった。




