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それから十数分してから山小屋のドアをノックしたのは猿助ではなく猿助の右腕である鳴丸で、私に挨拶をしたあとに竜輝くんと高彬さんに自己紹介をしていた。
本当に猩猩とはいえ常識を備えた猿である。
高彬さんは普通にあやかしと会話する私を見てドン引きしていたけれど。
「猿助は? どうしたの?」
山小屋へ来たついでにスマホの充電をし始めた鳴丸に目を丸くする高彬さんを尻目に、鳴丸は肩を竦める。
「寝込んでいます」
「え。まさか本当に呪われちゃったの?」
「いえ……。部屋に入って非常に、非常に! 怖い思いをしたようです……」
せめて猿助のプライドを傷つけないように非常にという部分を強調する鳴丸に同情さえ覚える。
自分たちの大将がたかが人形一体にしてやられたとは言い辛いわよね。
「ていうか猿助以外に人形を見たっぽい猩猩は居ないの?」
「気配は感じるんですが。なにぶん足を踏み入れることすら出来ないもので」
「どういうこと?」
「威圧感がすごいんですよ。頭以外は入れないんです」
「へぇ……。なんだかんだ言っても猿助は強いのねぇ」
でも寝込んでるんだよな? と私の後ろで竜輝くんに囁く高彬さんの言葉に鳴丸は苦笑いをする。
「姿形がはっきり確認できるものはあれですけど、こうも存在が判らないものは気持ちが悪いものですから」
鳴丸が困ったように言えば、高彬さんは私同様にあやかしが同類を怖がるっておかしくねぇか? と再び竜輝くんに囁く。
やっぱりそう思うわよねぇ。だって私の話を聞いた澄彦さんも玉彦も同じように不思議がっていたもん。
「まぁともかく。ちゃちゃっと退治しちゃいましょ。竜輝くんと高彬さんがいるから大丈夫よ。私だっているしね。いざとなったら物理的に人形を破壊しちゃえば動けないでしょ。猩猩屋敷に棒切れくらい一杯あるでしょ」
「比和子様。……竜輝は錫杖を持って参りました!」
「オレは白蛇から貰った短刀がある。確かに破壊した方が早いかもな」
「……物理的に、棒切れ、ですか……。木製のバットが確かあったような……」
こうして鳴丸に先導されて私たちは山小屋を出て、猩猩屋敷へと向かった。
のだけれども。動く人形を軽視していた私たちはこのあと、猿助の恐怖体験を自分たちも経験するのであった。
久しぶりに訪れた猩猩屋敷は相変わらず煌びやかで騒々しく、猩猩たちが物珍しそうに寄ってきては歓迎してくれる。
なにせ、こう見えても一応私は百鬼夜行の頭を務めたのだ。
しかも五村のあやかしを纏めた総大将である。一応。一時だけど。
三者の地から私を抱き上げて連れて来てくれた猩猩はあれからちょっとだけ偉くなったようで鳴丸に追従していた。名は阿平と言うそうだ。
猩猩屋敷の楼閣の階段は螺旋状で堆く、阿平は私を肩に乗せて運ぶ。
竜輝くんと高彬さんは物珍しそうに楼閣内を眺めながら時折足を止めては鳴丸に何かを尋ねていた。
そうして最上階の猿助の階層に到着し、阿平は自分はここまでが限界と私を降ろして申し訳なさそうに去っていった。
「何か感じる? 私は全然なんだけど」
私が二人に聞けば揃って首を横に振る。
「感じる以前に猩猩の皆さんの気配が強烈過ぎて……申し訳ございません」
「だよなぁ。猩猩の気が充満してるから解んねぇな」
「恐らく部屋を見ていただければ……と。扉は閉めているので感じられないのではないでしょうか?」
と、鳴丸が言うので私たちは問題の部屋の前まで案内してもらう。
猿助のお見舞いもしたかったけれど、原因を解決してからの方が良いだろうと私は判断した。
問題の部屋は二つ続いており、入り口は木製の扉だけ。
入ってすぐの部屋には小物の骨董品があり、奥の部屋には家具類があるそうだ。
猿助秘蔵のお宝だそうで、彼以外の猩猩はこの部屋に立ち入ることは滅多にないらしい。
「では開けますね」
鳴丸が取っ手に手を掛け、一呼吸置いてから観音開きの扉の片方を押す。
高彬さん、竜輝くん、私の順で中へと足を踏み入れたものの、明かりが全くないので様子がまるで分らない。
扉からの光が照らす範囲を見渡しても異変は無いように思った。私は。
茶器を収めた戸棚や部屋の真ん中に置いてある大きなテーブルの上にリサイクルショップみたく食器が積み重ねてある。
「電気のスイッチは……」
壁を探って、そう言えば猩猩屋敷には電気が引かれていないことを思い出して、私は振り返って鳴丸に懐中電灯はないかと尋ねようとした矢先。
私と鳴丸の間に暗い影がふわりと浮かんだ。
逆光で黒さが増す影の形はフランス人形で、大きさは一メートルはあった。




