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二人もお腹にいるのに予想以上にお腹が大きくならないのが悩みだが、私の膀胱を圧迫するくらいには成長している子どもたちのお陰で、最近お手洗が近い。
うっかり気を抜いて下腹部に力を入れる立ち上がる動作や声を出して笑うと、漏れそうになってハッとすることが増えた。
もうちょっと、違う方面で成長は実感したいものだ。
学校祭で食べ歩きしたのが悪かったのか。
でもお役目前にはきちんとお手洗でしっかり出してきたのに。
ううーんと悩んだ挙句、私は無言で立ち上がった。
すると全員の視線が私に集まり、そして私と対面して座っていた香本さんの背後に控えていた豹馬くんと須藤くんが同時に腰を浮かせ、南天さんと後方にいた多門が着物の裾を引っ張った。
「なによ」
「ダメだって」
なぜか小声で多門が私を諫め座らせようとするので、お行儀悪くも足で払う。
「止めないでよ。私、もう我慢の限界なんだから」
「でもほら。暴力は」
「はぁっ?」
何を言い出すのかと私の声が大きくなり、スミス一家以外の視線を受けた私は、彼らの誤解に鼻息が漏れる。
彼らは痺れを切らした私がエドワードの襟首でも掴んで問い質す、という暴走をやらかすとでも思ったのだろう。
失礼な。
「お手洗いよ」
私がそう言えば、惣領の間の変な空気は落ち着く。
失礼な。
身を翻した私に南天さんが追従し、そして背後でぼそぼそと声が上がった。
「僕もトイレ、行っても良いですか?」
遠慮がちに小さく手を上げたリチャードくんに玉彦が頷き、転がるように駆けてきた少年は私の手を取る。
冷たく震えている手を握り返し、お手洗の後、携帯の暖房器具を間に持ち込もうと私たち三人は事務所へ顔を出した。
惣領の間同様になぜかひりつく事務所に南天さんを先頭に突入すると、松梅コンビが私たちを出迎えた。
那奈と高田くんはホッとした表情を見せてデスクに向かう。
どうやらお説教か昔話の教えが繰り広げられていたようだ。
私にソファーを勧めた松さんは那奈からひざ掛けを引き剥がし、私に掛ける。
「まぁまぁ。こんなにお身体を冷えさせて! 冷えは万病の元ですよ。今温かいお飲み物をお持ちしますから」
「お、お構いなく」
やっと水分を出してきたのにここでまた補給してしまうとすぐにお手洗に走る羽目になる。
本気で遠慮した私の思いは松さんには通じなく、彼女がさささっと目の前に梅昆布茶を差し出したので受け取らないわけにもいかない。
「この子はどうしましょう。お茶飲めます?」
梅さんに聞かれたリチャードくんは私を見てから頷き、小さなマグカップを受け取った。
湯呑みは持ちづらいだろうという梅さんの計らいにじんわり。
スミス兄弟は彼女たちを見て悲鳴を上げたことがあったけれど、気にもしていないようだ。
南天さんは高田くんを連れて事務所の奥へと下がり、那奈はデスクの大きな引き出しから予備のひざ掛けを取り出して掛けている。
そして小休憩とばかりにイスごと私に振り返った。
「で、次代様たちは何をしてんの?」
興味津々に尋ねた那奈を松梅コンビはこれっと叱ったが、彼女たちは自分の湯呑みを両手に包み、私の前のソファーに腰を下ろした。
自分たちも気になってはいるけどあからさまに聞けず、といったところだ。
本来ならば惣領の間の来客はその前に控えの間に通され、そこで待たされる。
控えの間で彼女たちが来客に何かを尋ねることは無いが、雑談に聞き耳を立ててどんな悩み事を持ち込んできたのか知る機会は多い。
しかし今回はそのまま惣領の間に通されてしまったので機会が無かった。
しかもあの沈黙である。




