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ようやくエドワードの誤解が解けて、今度は私たちの肩の力が抜けた。
一つ一つ確認しながら真実を辿り、納得させるのってなんて大変なことなんだろう。
エドワードはもう自我が確立しているから人の話にも耳を傾け理解するけれど、これが真っ新な状態の子どもだったら、と気が遠くなる。
世のお母さんお父さんはどうやって子育てしているのか、尊敬する。
普通の子育てですら大変なのに、五歳から世間一般の常識外の正武家の教えもしなくてはならないと思えばなおのこと。
そして亜由美ちゃんはともかく、稀人三人がどんな子育てをするのか信用はしているが若干不安も残る。
豹馬くんのように半目になり、須藤くんのように何かを拗らせ、多門のように食い意地がある大人にならないように祈るばかりだ。
「はい。じゃあ次は私が視えている世界を視るわよー」
そう言ってまずはエドワードの膝頭に触れ、そしてジュリアさんの冷たい手を左手で握りしめた。
右手に掲げている護符を凝視していた親子は同時に声を発した。
「「oh……」」
日本語を話してくれてはいるけれど、驚くとやっぱり母国語が出てしまうんだなぁと別の事を思う。
「じゃあ、手を離しますね」
ジュリアさんからそっと手を離せば、彼女はすぐに視えなくなってしまったようで再び驚嘆する。
けれどエドワードはまだ視えているはずで、その証拠に母親に視えなくなった? と確認していた。
「エドワード。次は廊下へ行って、南天さん、えーと竜輝パパが持ってる護符を持って来てちょうだい」
「わかった」
素早く反応して廊下へと走り、両手で持った護符を見つめるエドワードの肩を抱いて南天さんが戻って来る。
そしてエドワードの眼に視えている手形が浮かぶ護符と黒くぼやける何かが視える護符を並べる。
元々視えている、又は感じることの出来る人間は私が触れていた時に視えていたものは継続して視えるが、触れていた時に視界になかったものは視えない。
これは御倉神協力の下、玉彦や澄彦さんで立証済みである。
「ではもう一回」
私は二人の手に同時に触れて、さっきと同じような驚嘆の言葉を聞いてから手を離した。
しきりに二枚の護符を見比べる親子を前に私は姿勢を正した。
視えないジュリアさんに視せることやエドワードに視える人間が他にも居て、もっと視えちゃってる私や竜輝くん、そして南天さんがいるんだよ、と教える為にこのようなことをしたのではない。
私の様子が変わったことに気が付いた二人はこちらへ不安気な視線を向けた。
「校内に貼られた残りの護符は今、回収しています。問題なのは護符に悪いものが引き寄せられていること。その手形の持ち主ね。私たちはこれからその持ち主を探し出して祓う、えーと退治? とにかくどうにかしなくちゃならないわ。で、心当たり、あったりする?」
私がエドワードに問い掛ければ、彼は逡巡した後、顔を背けた。
分かり易すぎる反応である。
そう感じた私よりも母親のジュリアさんはもっと前、考え込み始めた時からもう確信していたようで、息子の頬を両手で挟み、自分へと向けさせた。
「テッド。ダディが昨日失くしものをしたと言っていたわ。今も家で捜してる。だから今日のスクールフェスティバルに来ない。ファザージョーンズから預かったものよ」
真剣な眼差しで問い詰めるジュリアさんは段々と英語に変わっていき、私の耳ではきちんと聞き取れなくなってきた。
「玉彦。ジョーンズお父さんから何を預かったのかしらね?」
こっそり囁くと玉彦は片手を額に当てて目を細めた。
「……父と訳すな。神父である。ジョーンズ神父からスミスが何か預かったのだろう」
「あ、そうなんだ……。ファザーってお父さんって意味じゃないやつの方ね」
とかいかにも知ってましたよ風に返事をしたけど、実は知らなかった。
それから数分、ジュリアさんに説得され続けたエドワードだったけれど、頑として口を割らなかった。
神守の眼の中で訊ねれば嘘は吐けないので手っ取り早いが、一言も話さないとなれば嘘を吐く以前の問題だ。
さてどうしたものかとエドワード以外の五人で困り果てていると、保健室のドアの陰からひょっこりと校長先生が顔を出した。
予想だにしない人物の登場に全員がギョッとすると、校長先生から少し遅れて本当にもう可愛らしい王子様も顔を覗かせる。
「マーム? まだ終わらない?」
エドワードの弟、リチャードくんだった。




