13
ジュリアさんの度重なる質問にようやく答える気になったのか、エドワードは両肩を掴んでいた母親の手を振り払った。
「母さんに言ってもわからない! だって視えないんだから!」
両手で口を押さえたジュリアさんの顔が見る見るうちに歪み、大きく吸い込まれた呼吸はそのまま止まった。
ジュリアさんはグッドウィッチだと以前エドワードが教えてくれて、玉彦が薬学に通じていると言っていた。
私はてっきり良い魔女、というか魔女なら視えたりするもんだと思っていた。
夫がエクソシストと知っている人だし、そっち関係に理解があるなら視えていて当然だと。だって良い魔女だし。
ここは、あれかしら。
視える私の出番かしら。
ショックを受けているジュリアさんに一度頷いてから、私はエドワードとの距離を詰めるためにイスのキャスターを転がした。
「私、視えるわよ。君よりもずっとずっと視える。玉彦、放送室の護符、出してもいいよね?」
玉彦に確認を取ってから私は懐から護符を取り出し、私たちの前に掲げた。
本当は玉彦に保管を頼んでおきたい護符だが、彼が触れると手形が消えてしまう恐れがあったので私が持っていたのだ。
「ジュリアさん、これが視えますか」
ダークブラウンの瞳を揺らし、彼女は小さく答えた。
「ヘキサグラム……」
そう、護符には六芒星と日本語ではない文字が書かれている。
「エドワードは?」
「ヘキサグラム……それと……」
自分が答えてしまうと後出しじゃんけんみたく私が同じことを言うのではないかと警戒したエドワードは口を噤む。
「黒い何かが視えてるでしょ。自分が手にしていた時とは違う黒い何かが。でも何かは分からない。それが今の君の実力。でもね、私には視えてる。黒いのは人の手形。ちょうど私と同じくらいの大きさよ」
「……本当に?」
徐々に心を開きつつあるエドワードは上目使いに私を見つめた。
きっと不安だったんだろうと思う。
母親は視えない。父親は護符を授けたくらいだから視えてはいる。
けれどたった二人だけ視えているだけの世界は本当に存在しているのか。
自分と父親だけがおかしいんじゃないかって。
「本当。オッケーオッケー。良いわよー。じゃあ私が視えているもの、視せてあげるわ。ついでにジュリアさんも息子が視えているもの視ちゃいましょ。私が触れている間だけ視えるようになるから。エドワードは一度触れれば視えたものはずっと視えるわ。えーと、玉彦はそのままでね。あっ、南天さん。話終わりました? ちょっとこの護符持って廊下に出てもらえます? 教壇のでいいかな? でー、竜輝くんはこっちにいらっしゃい。これ、視えているでしょう?」
手当てを終えてこちらを見守っていた南天さんは私から護符を受け取り、廊下に出た。
そして竜輝くんは玉彦とは反対側に立ち、私が手にしていた護符に視線を落とした。
「付喪さんの鏡にあったものではない、ですよね。手形が……」
眉を顰めた竜輝くんが答えると、エドワードは目を見開いた。
「タツキ、視えるのか、これが」
「視える」
ぶっきら棒に答えた竜輝くんはまだ少し先ほどの件を引き摺っている様に思われた。
一瞬驚いたような仕草を見せたエドワードだったが、何度も頭を振って竜輝くんを見据えた。
「そうだよな。視えて当たり前なんだ。だってお前は人間じゃないとオレは思う!」
「失礼なこと言ってんじゃないわよ」
思わずエドワードの言葉に突っ込むと、息を合わせたかのように玉彦の手刀が彼の頭に遠慮なく振り下ろされた。
「これは暴力ではない。教育的指導である」
あれは結構ダメージのある痛いやつだ。
恨みがましく玉彦を見上げたエドワードだったが、前に同じような手刀で気絶させられたことがあったのでとりあえずは大人しくなった。
「あのねぇ、竜輝くんは正真正銘の人間。さっきの猿二匹と視え方が違うでしょう?」
「さっきのは……見た目も変だったけど……周りがぼやけて視えた」
たぶん感じ方は千差万別だけど、普通とは違う視え方をしているのは確かなようだ。
そして次にエドワードはじーっと竜輝くんを見つめ、気が抜けたように肩の力を抜いた。
「人間だ……」




