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「なんだこれは」
「あぁ……まぁ、予想できたことよねぇ……」
乱雑なステージ裏に到着した玉彦は、彼的に世にも恐ろしい光景を目にしていた。
玉彦が恐ろしいもの。
それはお役目で遭遇する不可思議なものでもなく、殺人犯と対峙することでもない。
私が暴走することとと同列くらい恐ろしさを感じるもの、それは『女性の騒々しい集団』である。
自分では自覚していないようだが、玉彦を身近で観察していた私は知っている。
学校の朝礼や教室内に女子生徒が沢山居ても全然大丈夫なのに、彼女たちが枷を外され騒がしくなると話は別なのである。
出来れば近寄りたくない玉彦はそういう場面では豹馬くんのように気配を消してそっとフェードアウトする術を身に付けた。
私が思うに小さい頃玉彦は松竹梅姉妹の井戸端会議がトラウマになり、お屋敷内には女性という存在は彼女たちだけだったから『女性が三人以上集まると面倒臭いことになる』と学んだのだろう。
女性の集団と同じくらい男性が居れば玉彦の気持ちはまだマシなようだが、それでも私と亜由美ちゃんと那奈と香本さんがお屋敷内で揃うと早々に退散する。
良く見知っている三人でも話の流れでいつ何時自分に火の粉が降りかかるか解らないからだ。
そんな玉彦の眼前に繰り広げられている光景。
それは須藤くんと多門がお年頃の女の子たちに幾重にも囲まれたハーレムだった。
ステージ裏に集合を掛けられた稀人二人はその場から離れることが出来ず、囲まれてしまったのだ。
校内で声をかけても立ち止まらなかった二人がステージ裏で話し込んでいるのを見かけた女の子たちが集まってしまったのだろうと思う。
遠巻きに眺めていた私たちに気が付いた二人はこちらへ来ようとするものの、玉彦は後ずさるし、女の子の輪も一緒に移動するしで距離は縮まらない。
「そ、そのまま待機と伝えろ、比和子」
「わかったっ」
素早くメールを打って、私たちは薄情にも彼らに背を向けた。
と言ってもステージ裏から離れず、だけども。
そうこうしているうちに今度は猩猩二匹を引き連れた小町が現れて、彼女たちの後ろには小学生の集団が連なっている。
「比和ー! なにやってんのー?」
ぶんぶんと手を振りながらやって来た小町に玉彦は目を閉じた。
「どいつもこいつも……」
「だんだんカオスになってきたわ」
歌合戦の第二回戦を行っているステージ前よりも稀人二人のハーレムと猩猩二匹を囲む小学生の集団がいるステージ裏が盛り上がっている中、竜輝くんがひと足遅れて合流した。
学生の竜輝くんは本当なら純粋に学校祭を楽しみたいはずなのに、お役目もどきに巻き込んでしまい申し訳なく思う。
それもこれもすべてはエドワードのせいなんだけども、金髪小僧は目撃情報はあるが未だ捕まらずにいた。
「玉彦様。比和子様。……須藤さんたちはなにをしているのですか……?」
「ああぁ、あれね。集団お見合いだから放って置いても大丈夫よ」
「集団過ぎでは……?」
「いいのいいの。あんだけ女の子が居たらエドワードが釣られて来るかもしれないでしょ」
「さすが比和子様!」
「騙されるな、竜輝よ」
私に感心した竜輝くんは玉彦の一声でハッと思い直して、苦笑いをする。
そして猩猩二匹に目をやれば、それに気が付いた猿助が小学生の集団を掻き分けて竜輝くんの元へのっしのっしと現れた。
「坊ちゃん!」
「猿助さん。ご無沙汰しています」
「お元気そうで何よりで!」
お互いに頭を下げ合い、少し遅れて鳴丸も竜輝くんに頭を下げた。
彼の曾祖父である九条さんに散々しばかれていた猿助は、私よりも竜輝くんに誠意を見せる。
一応私だって千鬼夜行の頭を務めたのに。
ど派手な着物を重ね着した猩猩二匹と学生服の少年が互いに頭を下げ合う風景はどこかちぐはぐで、玉彦は微妙な顔をしていた。
本来正武家と五村に住まうあやかしたちには不可侵のお約束があり、こうして和気藹々と慣れ合う関係ではない。
ましてや稀人があやかしと雑談するなど、と玉彦は言いたげだが私がお世話になったことがある手前、強く窘めることも出来ずにいた。




