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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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9


「これは音楽室にあった」


 そう言って須藤くんはアイスコーヒーを一口飲んで一息つく。

 私たちと離れてから二時間足らずでこれだけの護符を発見したのは須藤くんが凄いのか、はたまたエドワードがどこにでも貼り付けているのかのどちらかだ。


 顎に拳を当てたままの玉彦は護符を見つめて、それから自分の左手を護符の隣に並べる。

 手形は玉彦の手よりも小さい。

 ちょうど私と同じくらいの大きさだ。


「女性? なのかしらね?」


「おそらく」


「多門は黒駒に匂いを追わせて手形付きの護符ばかり回収してる。美術室、弓道場、屋上、それと図書室と文学部の部室。あとは女子トイレかな」


「これと言って共通項はないわね。廊下とかじゃない限られた空間の教室かなって思ったけど、屋上は当てはまらない」


「……いや、共通項はある。おそらくこの教室にも手形付きの護符がある。それと下の階のA組にも」


 玉彦の言葉に周囲を見渡す。

 女装喫茶は増々大盛況で、女性客の華々しさが目の保養になる。

 いつも男連中に囲まれている私には新鮮だ。


 ぐるりと視線を一周させて、私は教室の教壇辺りに眼を止めた。

 少しだけあそこを視ると眼が熱くなる。

 私の視線を辿った須藤くんはすぐに席を立って、黒板前の教壇を捜索する。

 教壇はトレーやグラス置き場になっていて、須藤くんはその陰に身を屈めた。


「何もない護符なら解らないけど、手形が付いていると私にも見つけられるみたい」


「そのようだな」


 席に戻った須藤くんの手にはやはり手形付きの護符が握られていた。

 手形のぬしも私や須藤くんのようにわざわざしゃがんでまで護符に手形を付けたのだろうけど、触れやすい場所にある護符に触れずにいた理由が解らない。

 しかし玉彦には既に法則が読めているらしく、ピタリと言い当てた。

 これしか手がかりが無い中で玉彦に解かるのならば私も、と思って考えたが全く解らなかった。


「須藤。下の階の護符を回収した後、グラウンドのステージ近辺で待機せよ。竜輝、多門にも伝えよ」


「えっ!? それは困る、かなぁ……」


「なぜだ」


「だってほら……金髪小僧を捕まえる時間が……」


 須藤くんは私を見て、私は窓の外に目を向けた。

 訴えをあえて無視をしていると、諦めの境地に至った須藤くんがそう言えば、と玉彦に言う。


「グラウンドっていうか、校門からぐるっと塀伝いに見回ったら木が数本、不自然にぜてた」


「はっ? 木って爆発しないでしょ!? 雷でも落ちたのかしら」


「でも隣の木は無傷だったんだよねぇ」


 不思議だねぇ、と二人で首を傾げれば、玉彦は須藤くんへ質問をした。


「その木は背が低くはなかったか」


「言われてみればそうかも」


「合点が云った。面倒なこととなりそうである」


 すっくと立ち上がった玉彦は自分のパネルに肩をぶつけて、微妙に顔を顰めた。




 美山高校には五村からほとんどの子どもたちが進学する為、学校祭ともなれば五村を挙げての一大イベントでもある。

 校舎内は生徒たちの催し物で溢れているが、校門から生徒玄関までの間に各村の商店街による屋台が出され、校門から外の道に沿った数十メートルまではお祭りの的屋さんたちがずらりと並ぶ。

 ちなみにどこの屋台もお酒の提供は厳禁である。


 そんな賑やかな場所でもひと際目立つ場所がある。

 それはグラウンドの特設青空ステージだ。

 ステージの前には休憩できるようにパイプ椅子が並べられ、後方にはテーブル付きの椅子も設置されている。

 親子連れでもゆっくりと出来るのが嬉しく、校内は生徒に気を遣って中々休憩が出来ないという人にもおすすめのスポットだ。


 ステージでは毎時間何かの催しがされていて、目玉は私が参加していたクラス対抗歌合戦である。

 歌合戦では審査はされないものの飛び込みの参加もでき、村ののど自慢おじさんなどが多数参戦する。

 私も妊娠していなければ参加したかった。

 普通に歌う分には支障はないだろうが、カラオケで気持ち良く歌うにはやはり体中の筋肉に力を籠めなくてはならない。


「いいなーいいなー」


「風呂場で歌えばよかろう」


 生徒玄関にて。


 遠目に特設ステージを眺めていれば、休憩所の後方に御門森一家を発見した。

 南天さんはともかく、宗祐さんの大きな身体は見つけやすいのだ。

 すっかり元気になった東さんの姿もあり、私は胸がじーんとなった。

 稀人を引退した宗祐さんが暇すぎてボケてしまうんじゃないか、と澄彦さんは失礼な心配をしていたが杞憂に終わりそうだ。


「さて。我らも行くとするか」


「そうね。でもステージに何があるの?」


「恐らく最新の護符が貼られたはず。そして護符近辺に手形の主が現れる」


「えええっ。どうして? なんでなんで?」


「鈍感な比和子よ」


 答えを教えてくれない玉彦の背中をつつきながら歩いて向かっていると、ステージ前よりも裏側がなぜか騒がしく、玉彦の歩幅が心なしか大きくなった。




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