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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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3



 正武家の当主は澄彦さんである。

 なのでいくら次代の玉彦が難色を示したとしても絶対的な決定権は当主にあり、私の目論見は達成された。

 だって澄彦さんだもん。絶対に話に乗ってくれるって私は信じてた。


「じゃあ、稀人の選定だけどね。南天は役目に参じるから無理だろう。多門は黒駒が居るから猩猩は嫌がる。須藤は……あれは獣、特に猿には容赦がないから向かないだろうし」


「豹馬は惣領の間にて役目がある」


「ということは、フリーで動ける稀人は居ないねぇ……。宗祐は引退してるし、今は東さんとゆっくりさせてあげたいからなぁ」


「……竜輝くんが居るじゃないですか」


「竜輝は学校ぞ」


「そもそもどうして日中に行くことが前提なのよ。夜だったら南天さんだって豹馬くんだって時間があるじゃないの」


「予定では二人は家に帰宅する。屋敷には須藤と多門が残る手筈になっている。竜輝は未成年ゆえ夜の役目は絶対にさせぬぞ」


 そう言われてしまうと何も言えない。

 家族と過ごす時間を妨げたくはない。


「ということは稀人派遣は出来ないってことね。じゃあやっぱり私が一人で頑張るしかないわけね」


「断ると云う手もあるだろう。それ以前に比和子一人で向かわせることは出来ぬぞ。むしろ今はその様なことに首を突っ込むのは好ましくない。まったくもって好ましくない」


 玉彦の過保護っぷりに澄彦さんが同意するので、どうやら一人で行くのは無理そうである。


「じゃあ土曜日とか日曜日とかどう? そしたら竜輝くんは学校お休みでしょう?」


「藍染までどの様にして行くのか考えているのか」


「私だって車の運転くらい出来るわよ」


 妊婦は病人ではないと何度竹婆や私に言われたら理解してくれるのか。


「しかし竜輝のみでは不安が残る」


「そうだなぁ。まだ経験が浅いからなぁ。……あぁ、そうか。だったらアイツを呼ぼう。日中は暇してるだろうから」


「誰ですか」


 澄彦さんの思いつきというのは大概無茶振りで良いことは無く、そういう時に振り回されるのは蘇芳さんだと相場が決まっていた。

 でも私はここ最近、蘇芳さんという人物にあまり良い感情は無い。

 多門の一件から何となく信用が出来ないと感じていた。


「陣高彬。夜は仕事で日中は暇してるだろう」


 親子揃って……。

 高彬さんは夜のお仕事をしているので、日中は睡眠時間のはずである。

 私たちとは昼夜逆転しているという事実が頭にない。


「高彬ならば……まぁ良かろう。すぐに連絡を取らせよう」


 高彬さん。ご愁傷さまです。

 二人に反対意見を出さなかった私を恨まないでください。





 そして日曜日である。


 高彬さんは南天さんからの要請を受けて日曜日の朝にお屋敷に到着してお昼まで寝ていたので、猿助との待ち合わせの場所である藍染村の山小屋へは昼餉の後にやって来た。

 高彬さんが運転する車に私と竜輝くんが乗車して、高彬さんの愚痴を私たちはずっと聞いていた。

 オスキマ様の時には運勢が良いからという理由で呼び出され、今回は日中暇だろうという勝手な決めつけで呼び出され、オレは一体どういう扱いなんだと憤慨していたけれど、呼び出されて来てくれるのは困っているんだろうな、と思ってしまった高彬さんの優しさが全てである。


 そうこうしているうちに車は藍染村の山小屋に到着して、私たち三人は小屋の中へと入る。

 まだ猿助は来ておらず山小屋で寛いでいると、竜輝くんがお身体に変わりはありませんかと気遣ってくれる。

 車に乗って来ただけだから大丈夫と答えていたら高彬さんが相変わらず過保護だなと笑い、竜輝くんがムッとする。


「比和子様は大事なお身体なのです。高彬さんも比和子様が御無理をされぬように気を遣ってください」


「ああぁ? 百鬼夜行の親玉になるような女にどうやって気を遣うんだよ。ぶっちゃけオレなんか居なくたってどうにかなっただろうがよ」


「比和子様は現在身重(みおも)なのです」


「身重? はっ? 妊娠してんのか!?」


 窓際に立って外を眺めていた高彬さんが私に勢いよく振り返ったので、頷く。

 そう言えば言ってなかった。


「何やってんだよ。こんなところに来てる場合じゃないだろ」


「妊婦は病人じゃないですから」


 私がそう言うと高彬さんは違う違うと否定する。


「そうじゃなくて。お腹の中の胎児は乗り移られやすいんだ。今回は恐らく人形に何かが乗り移って動いているんだろうから抜け出した先にお前が居たら、狙われるだろうが。ダメだ。お前は残れ。オレと竜輝で行くぞ」


「あっ。それは大丈夫です。澄彦さんと玉彦の御札を帯に挟んでますから」


 海千山千の正武家である。

 そういうこともあるだろうと当主次代の有り難い御札が私のお腹をガードしている。

 実は私が事案に出向くことに関して玉彦は良い顔はしなかったものの、強く止めはしなかった。

 お腹の子どもは既に正武家の血が流れており、隠れ社にでさえ入られたことからある程度のお力は既に宿っていると判断していた二人は、むしろ私が無茶をしても子どもが私を護るだろうと楽観的である。

 血の証明が不本意ながら出来たことにより、玉彦が心配していた子どもがまだ弱小で禍に喰われてしまうということが無くなったのだ。


「御札だけで大丈夫なのかよ」


「ついでに鏡も仕込んでおきました」


 オスキマ様の時に妊婦は火事を見てはいけないだとかお葬式にはお腹に邪気を跳ね返す為に鏡を入れるとか聞いていたのが役に立った格好だ。

 準備は万全と胸を張った私に絶対に前には出てくるなと三回も念を押した高彬さんは、とにかくおめでとうございます、と頭を下げたのだった。




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