7
「サイレントにしておきなさいよ。二人には学校サイトを常時確認して、エドワードを捕まえた現場に直行する様にメールしときましょ。デートが嫌なら自分で捕まえればいいだけの話よ」
「しかしエドワードと写真を撮影したとしても、すぐに逃げるのではないか?」
「大丈夫よ。広い校内を闇雲に捜すよりもある程度限定されれば稀人や黒駒ならイケるでしょうよ」
「しかし……」
「深く考えたって仕方ないわ。捕まえることも大事だけれど、もっと大事なのはこういうことを仕出かすと人海戦術で追い駆け回されて酷い目に遭うって言うことを教え込むためなんだから」
「だが……」
「当の本人だって須藤くんを見て逃げ出したんだから自分がターゲットになってるって理解してるはずよ。反省して私たちの前に現れればイベントは終了させるわ」
「そう話が上手く運ぶとは思わぬが……」
「もし学校祭終了まで捕獲出来なかったら家に乗り込むから」
「本気か」
「当たり前でしょう? 学校の守り神を封じる暴挙は見過ごせないもの」
付喪神が不在となってしまっていた美山高校にどれ程の不可思議なモノが入り込んだのか。
生徒に悪影響が出ていないことがまだ救いかもしれないが、私たちが気付かないだけで既に種は撒かれているかもしれないのだ。
あれだけ勢いよく付喪神が飛んで行ったのだから、そこそこ危険な状態なのだろう。
学校祭の催し物を見学しつつ玉彦が歩き回る範囲は恐らく浄化されるだろうが、立ち入り禁止エリアは付喪神に任せるしかない。
思案する玉彦の背中を押して放送室から退散し、向かい合って私は微熱を帯びる眼に指を当てた。
「護符がなんてことないただの護符なら良いのよ。でもエドワードが手を加えておかしなことになっていたら? 結婚式の時みたく魔法陣らしきものに山の精たちが寄って来たみたく護符にも寄って来ていたら?」
「付喪神は夏から、と言っていたな……。校内ならばともかく、普段人間が立ち入らぬ外の建屋に貼られているとするならば」
別の方向で警鐘を鳴らした私は袖の袂から一枚の護符を取り出す。
放送室の机の下に貼られていた護符である。
たまにお父さんがへそくりを書斎の机の引き出しの裏側に隠していたなぁ、と思いしゃがんで見たらあったものだ。
その護符にはべっとりと黒い人の手形が残されていた。
放送室を後にした玉彦と私は、先ほどよりも俄かに活気づいたような周囲の雰囲気を感じつつ、一階から三階まで立ち入ることの出来る全ての教室を見て回った。
傍目には各クラスの展示物を丁寧に見て回っている様に見えたことだろう。
実際、私が進学特化クラスに編入した年に女装喫茶案の前に出されていた宇宙展を実行しているクラスがあって一歩間違えば私たちもこれをしていたのか、と恒星が並ぶ閑散とした教室を苦笑いしながら見学したり、二年生の家政科が催していたたこ焼きなどの食物展示に舌鼓をうったりしていた。
たまたま出くわした小学生軍団を率いる希来里ちゃん一行に玉彦は散々巻き上げられていたりもして、私は面白画像を澄彦さんに送った。
学校祭は賑やかで、確かに楽しい。
けれどやっぱり自分たちが学生の頃の時の方が輝いていた。
自分たちの学校という意識ではなくなってしまった大人の私には、ノスタルジーはあれどドキドキ感がない。
もう二度とあの時代には戻れないのだと、もの悲しく思う。
学生の青春時代は短く、あっという間だった。
私は高校で学生時代が終わり、玉彦は大学で終わり。
学生時代に得たものは経験だけではなく、友達や色々あった。
竜輝くんは私よりも長いけれど玉彦よりは短くなる青春時代を選択しようとしている。
私は竜輝くんが考えて選択したようにすれば良いと思っていたけれど、本当は背中を押してはいけないのかもしれない。
誰しも嫌でも大人になるべき時が来る。
責任と義務が当たり前に要求されて、自由だが、食べて行くために仕事に縛られ、家族を養わなければならない人もいるだろう。
子供でいられる時間は限られている。
本当に、本当にその時間は貴重だったと気が付くのは大人になってからだ。
「玉彦」
「ん?」
あなた、と呼ばなくても返事をするんじゃないの、と心の中でツッコミを入れて、私は階段で振り返った。
「竜輝くんさ。やっぱり大学に行くべきかもしれない。勉強が、とかじゃなくて人間として大きくなるチャンスだもん。私たちの子供のお世話も大事かもだけど、私はどうせお世話してくれるなら、人生経験を積んだ竜輝くんにお願いしたいなぁ」
「ではそのように竜輝へ伝えれば良い」
「うん。そうだね。竜輝くん見つけたら、ちょっと話してみる」
進学しろ、と頭ごなしに言うのではなく、きちんと理由を話せばきっと竜輝くんは最善の選択肢を選ぶだろう。




