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好ましくない三人が登場したにも関わらず付喪神は鏡の中に居座っていて、三人の中で唯一普通に視える多門がおおおっと声を漏らす。
私は玉彦と須藤くんに手を触れ、視えるようにすると玉彦は眉を顰め、須藤くんは女子生徒姿の付喪神を前に頬が緩んだ。
「こんな子が鏡の中にいたんだ」
「でも声はお爺ちゃんよ」
「そう言えばそんなこと前に言ってたね……」
ちょっとだけ残念そうな須藤くんは放って置いて、私は玉彦に鏡が頑として動かないこと、そして付喪神が声も出さず鏡から出てこないことを説明する。
すると横で聞いていた多門が竜輝くんの腕を掴み、鏡と壁の隙間をよく視るように指導し始めた。
「多門?」
「比和子ちゃんはちょっと黙っててー。良いよね? 次代」
「うむ。経験も必要である」
「えっ。原因解ったの?」
私が尋ねても玉彦は無視して竜輝くんを見守り、そして須藤くんも口を挿まない。
何が何やらと私も黙っていたら、竜輝くんが声を上げた。
「あっ。何かあります。なんだろう。白く何かがぼんやり」
「はい。良く出来ましたー。どこのどいつがありがたい付喪神にこんな馬鹿なことをしたんだか。おい、竜輝。職員室からでっかい定規を借りて来い」
「わかりました!」
素直に多門の指示に従う竜輝くんは職員室へと駆け出した。
「それで、一体何なの」
「見ていればわかる」
と、やはり玉彦は教えてはくれず、そうこうしているうちに竜輝くんが一メートルほどの定規を手に戻り、すぐさま鏡の背面に差し入れた。
そしてごそごそすること数分。
背面から引き出された定規にはくしゃくしゃになった紙が一枚付いていた。
竜輝くんが鏡を支え、背の高い須藤くんが紐と釘を確かめながら鏡を掛け直している間、私は多門の手にある伸ばされた紙をしげしげと見ていた。
A4の紙を縦に半分にしたくらいの大きさの白い紙には、円とその中に六芒星、そして意味不明な文字が黒いインクで書かれている。
「これって御札、なの? でもこの文字ってどう見ても日本語じゃな……い……」
嫌な予感が頭を過り、私は玉彦を見上げる。
険しい顔をした玉彦の前に風を巻き起こしながら付喪神が姿を現し、私たちを見渡して深く顎を引いた。
「感謝する」
ああああっ。やっぱりお爺ちゃんの声だ。でもちょっと安心した。
付喪神に駆け寄る私の後ろで、多門が竜輝くんに話し掛けた。
「通常外に出られるのに出られない、声も聞こえないってパターンは中に封じられている可能性が高いんだ。鏡の付喪神はそこそこ力のあるやつだから姿が視えたけど、小物だったらただの鏡にしか視えなかっただろうな。んでもって、何かを封じるのに簡単な手が札で封じること。だから鏡のどこかに札があるって寸法だ。理解?」
「理解しました。それにしても付喪神を封じる必要はないはずですが。だって鏡の付喪神は」
そう、古鏡の付喪神は学校の守り神で、悪しき者ではない。
生徒に危害を加えそうな不可思議な者を鏡に取り込み、封じている。
封じられた者はある程度の年月を経て消えて行く定めだ。
そして、である。
多門でさえありがたいと称する付喪神を封じようと考える人間は、数少ない。
神様を敬いこそすれ封じようなどと普通は思わないし、出来ない。
しかし恐らくここに居る五人の脳裏には一人の人物が浮かんでいる。
人間以外の真っ白い羽が生えている天使と神様以外は全て悪い者、と判断してしまいそうな人物が。
口にするのも面倒で、でも放置しておくことは出来ないだろう。
その証拠に付喪神の三つ編みは逆立ち、鬼の角のようになっていて私でも臨戦態勢なのが分かる。
「付喪神。とりあえず金髪小僧は私が何とかするからそう怒らずに……」
まぁまぁと宥めすかそうとした私をギッと睨んだ付喪神はぐるぐると傘を振り回して、浮かび上がった。
「それどころではないわ! 夏から封じられこの学び舎に大小悪いものがうようよ漂っておる!」
言うが早いかびゅうと付喪神は身を翻して飛んで姿を廊下の先に消し、私たちは顔を見合わせた。
そして多門がぽきぽきと指を鳴らす。
「神父から与えられた修行だからお目こぼししてたけど。流石に学生を護る付喪神に手を出すのは駄目だと思うね」
「なんのこと?」
「上守さんに伝えてなかったの? 玉彦様。五月の百鬼夜行を見たエドワードがそれから段々視えるようになったんだよ。だからそういったモノに関わらないようにスミス神父が護身を覚えさせていたんだ。その札を使ってね。たまに山で護符を貼られて転がってる猪とかいたよ。無害なモノだからすぐに剥がして解放してたんだけど。流石に付喪神に貼り付けるのは……」
「無暗矢鱈に力を揮い続ければ五村のあやかしとの盟約が破られかねぬ、か。竜輝、須藤、多門。校内を廻り、護符を捜し出せ。見つけ次第破棄を命ずる。同時に付喪神に助勢せよ。私も動く。比和子を傍らに置いてとなる故、駆けることは出来ぬ」
三者同様に頷き、そして各々散っていく。
けれど竜輝くんはすぐに戻り、定規とバケツと雑巾を手に一礼すると職員室へと入って行った。




