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豹馬くんと亜由美ちゃんは車から降りて、そのまま一般客用の生徒玄関へ向かった。
豹馬くんは早々に私たちから離脱することに成功して、ニヤリと笑っていたのが憎らしい。
残された私たちは職員玄関から校内へと入り、事務室と職員室を通り過ぎた先に校長室が見えてくる。
その左手にお馴染みの古鏡が掛けられており、私の眼が久しぶりにチリリと反応した。
付喪神は健在のようだが近付いて覗き込んでも姿は見せず、鏡越しに映った玉彦と稀人三人を振り返る。
この四人がいると出てきたくないらしい。
「竜輝くん、職員室でバケツと綺麗な雑巾借りて来てくれる? 大人三人は校長先生に挨拶でもしてきて」
だっと駆け出した竜輝くんを見送り、玉彦たちは校長室のドアをノックした後、返事を待たずに中へと入り、校長先生の小さな悲鳴が聞こえた。
玉彦がどんな挨拶をするのか気になるところだけれど、今は付喪神が優先だ。
校長室前にあるだけあって、古鏡は私が拭き上げる必要の無いくらい綺麗だった。
相変わらず大切にされているようで安心した。
鏡に両手を当てて額をコツンと付けると私と同じような仕草した鏡の中の女子学生が浮かび上がる。
三つ編みにセーラー服。ずっと気に入っているのか赤い傘を持っている。
でも話すとお爺ちゃんの声なのよねぇ。
「お久しぶり。元気だった?」
『……』
「なによー。会いに来なかったから拗ねてんの?」
『……』
「たこ焼きでもお供えしようか?」
『……』
おかしい。これはおかしい。
古鏡の付喪神がつっけんどんなのは定期だが、ここまで私の言葉を無視することはない。
違和感を覚えた私は額を離して付喪神と見つめ合った。
すると女子学生はしきりに背中を掻く仕草を見せた。
「背中が痒いの? 出て来たら掻いてあげるわよ」
それでも必死に背中を掻いたり指差す付喪神に首を捻っていると、バケツを持った竜輝くんが戻って来た。
「お待たせしました」
「ありがとー。竜輝くん、最近付喪神とお話した?」
「え? 付喪さんですか? 通りすがりにお姿は見かけてました。でもここは人目があるのでお話までは」
「鏡から出てた?」
「いえ。ずっと中に」
しゃがんだ竜輝くんが雑巾を絞り、私に手渡す。
付喪神は竜輝くんには心を許しているようで、姿を消さずに私たちに同じジェスチャーを繰り返した。
竜輝くんはゴールデンウィーク以降視えるようになった眼の能力を試す為に校内の七不思議を廻り、付喪神と出会っていた。
視えた時は本当に驚き、そして声を聞いて仰け反ったそうである。
けれど豹馬くんや私から付喪神のことは聞いていたので警戒することなく接し、挨拶くらいはする仲になっていた。
古鏡の表を拭き上げ、どうせだったら後ろも拭いてやろうと思ったが鏡の背面はピタリと壁に付いていて手を入れる隙間が無い。
「あれ?」
「どうされました?」
「この鏡ってさ、階段の踊り場にあった時、上の紐で吊るされて斜めに掛けれらてたはずなんだけど、今は垂直にしてるのね」
「言われて見れば……。自分が見た時も斜めだったような気がします」
二人揃って鏡の上方を見上げれば、鏡を吊っていたと思われる太く白い紐が撓んでひょっこりと覗いていた。
そして紐が掛けられていたであろう釘が二本、壁に打ち付けられているが紐が掛かっていないために用をなしていない。
「この鏡はどうやって倒れずに壁に張り付いているのでしょうか……」
心配気に見えない鏡の後ろを覗き込む竜輝くんを見ながら、私は考える。
鏡の中でしきりに背中をアピールしていた付喪神。
姿は見かけていたけれど出てきたところを視ていない竜輝くん。
「あ、もしかして鏡の背中を壁にくっつけられてたら出て来られないのかな?」
という私の発言により、竜輝くんが腕を伸ばして紐を二本の釘に掛け、ゆっくりと鏡を壁から引き剥がそうとしたけれど、頑として動かない。
付喪神は大切にされた物に宿る神様だから無理に引き剥がして損傷させると付喪神そのものが消えてしまう恐れがある。
どうしたものかと二人で困っていたら、校長室から挨拶を終えた三人が出てきた。




