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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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23


 それから、である。


 結婚式の前に聖歌隊を務める後輩たちからエドワードに強制的に貸し出されたという十字架を見せられた竜輝くんは、絶対に彼が何かを仕出かすという確固たる思いを持ち、結婚式に参列したい気持ちを抑えてエドワードの見張りを開始したそうだ。


 大雪の中、雪上に魔法陣らしきものを描き、何となく嫌な感じを身に纏ったエドワードを確認して、新婦入場の際に亜由美ちゃんから離れた黒駒を呼び寄せれば、鼻の上に皺を作ったので自分には視えない何かを召喚したのだろうと思った。


 ちなみにエドワードが呼び寄せたものは五村の山のいたる所にいる木の精で、魔法陣が珍しく寄って来てしまったところを囚われてしまったらしい。

 多門が後から確認したところによると、魔法陣は不完全で、しかも雪上に描かれたものだから何の意味も無かったそうだ。


 呼び寄せられた無数の木の精はエドワードの邪な心に反応して黒い靄を纏うようになったが、夏のように生茂り勢い溢れる生命力はなく、静かに耐え忍び春を待つ状態だったのが功を奏し、錫杖の一撃と黒駒の一噛みで霧散したようだ。

 その後エドワードは竜輝くんの手により近場の木に吊るされ、数分後に駆けつけた須藤くんと多門に救出された。



 翌日。


 大雪の中、何時間も外に居た二人の受験生は発熱して、それでも入試に臨んだ。

 エドワードは自業自得だけれど竜輝くんはとんだとばっちりである。


「竜輝のヤツも馬鹿正直に外で待たずにさっさと未遂疑いでもしてしまえば良かったのに。馬鹿だなぁ」


 昼餉の席にて。


 食後のお茶を啜り、澄彦さんは呆れたように言うけれど、未遂疑いでもし無罪だったら大変なことである。


 今朝お役目前で離れへと向かう途中、南天さんから竜輝くんの状態を聞かされて私は昨日のうちに竹婆にお薬を出しておいてもらえば良かったと後悔をした。

 何時間も真冬の外に居たのだ。どうしてそこに気が付いてあげられなかったのか。


 教会からホテルの披露宴会場へと移動した来客御一行と合流はせずに竜輝くんは明日があるので、と紗恵さんに送られて家へと帰っていた。

 夜中になっても食事を摂らない息子を心配した紗恵さんが部屋を覗くと既に寝ていて、でもなんとなく部屋に漂う空気がまったりと病人の気配がしたらしく、竜輝くんの額に手を当てると高熱で。

 すぐに風邪薬は飲ませたけれど、今朝は眠くなったら困るから、と竜輝くんはお薬を飲まずに受験会場である美山高校へと向かったそうだ。


「本調子なら余裕で合格でしょうけど、頭がボーッとして解答欄が一個ズレてたりとか。うーっ。考えただけでも胃が痛くなってきた」


 帯の上からお腹を摩り、私は本当に何となく胃が痛いような気がして来た。


 もし万が一進学特化クラスに合格できなくても併願制度で普通クラスには引っ掛かるだろうとは思うが、稀人は例外なく進学特化クラスの道を歩んできた。

 稀人を志す竜輝くんの最初の一歩目がこんな事で躓いてしまうかも、と考えれば考えるほど胃と胸が痛む。


 そんな私を横目で見た玉彦はお決まりの、まったく、と言って湯呑みをコトリとお膳に戻す。


「比和子が憂慮しても結果は変わらぬ。竜輝は必ず成し遂げる」


 とか何とか言っちゃって、お役目の合間に多門を呼び出し、黒駒に様子を見に行かせたことを私は知っている。


「もし竜輝くんが」


「もし、はない」


「うん……」


「何があろうとも竜輝は稀人となる。それだけのこと」


 確固として自身の稀人となる竜輝くんを信じる玉彦の言葉は、三月の合格発表の後、四月に現実のものとなった。











「あー、そう言えばエドワードが居たわねぇ」


 私は離れの事務所で数か月前の結婚式を思い出しつつ、疲れた様子を見せる亜由美ちゃんに目を向けた。


 結婚式のあと、どうしてエドワードがあんなにも亜由美ちゃんに執着していたのかこっそりジュリアさんに聞いたところによると、転校前の学校の大好きだった先生にちょっとだけ似ていたそうだ。

 おもにふんわりとして柔らかそうな雰囲気が。

 有無を言わさず転校を余儀なくされて、少しでも以前の生活に近しいものが恋しくなったのかなと思う。

 余談だが受験日に竜輝くん同様発熱していたエドワードもギリギリで進学特化クラスに合格をしていた。

 竜輝くんの高校生活は随分と騒がしいものになることだろう。

 いや、もう実際なっているのかもしれない。


「あれ。でもさ、騎将戦って村対抗っぽいけど、竜輝くんもエドワードも鈴白陣営だから敵対することってないんじゃないの?」


 ふとした私の疑問に、那奈も亜由美ちゃんもそう言えばそうだ、と頷く。


「何だかあっちは面倒臭いことになってそうだわ……」


 私が事務所の中から美山高校方面に顔を流せば、母屋の雑事を終わらせ出発準備を整えた玉彦たちが姿を現した。




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