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結婚証明書にサインを終え、神父さんの閉式宣言の後、新郎新婦が腕を組んで参列者に軽く頭を下げた。
本当はこのあとにフラワーシャワーやブーケトスがあるのだけれど、生憎二月の結婚式となってしまったせいで外は雪が降っており、室内で済ませようと計画されていた。
せっかくの亜由美ちゃんの晴れ姿を雪塗れにすることは出来ないもんね。
これからバージンロードを歩いて振り返った二人に写真撮影が殺到するだろうと私も参加するために聖壇脇から降りようとしたら、ぞわっと二の腕に寒気を感じた。
暖房はしっかりと効いている教会内で今まで感じたことのない感覚に空気の入れ替えの為に窓でも開けたのかと辺りを見れば、正面の大きな扉から薄らと、本当に薄らとこの場に最もそぐわない黒い靄が漏れだしていた。
私は反対側にいた玉彦に駆け寄って腕を取り、そっと囁く。
「外に何かいる……」
「気付いたか。先ほど湧いたようだ」
「え? さっき?」
私たちがこそこそ話を繰り返していると、笑みを絶やさなかったスミス神父が顔を曇らせた。
彼にも視えているのだろう。
首に下げていた銀色の十字架を握り締め踏み出した神父さんを玉彦が制す。
「神父が出張る必要はない。放って置いても構わぬ」
「ですが」
戸惑う神父さんは私と玉彦を交互に見て、それから視える南天さんに知らされている様子の澄彦さんを見た。
しかし澄彦さんも南天さんも、そして稀人たちも一向に動く気配は見せなかった。
「本当にほっといて大丈夫なの?」
「一先ず扉さえ開けなければ問題はない。来客らは外へは出ずに控室に行く故、人が引けてから祓えばよ……!」
『良い』と言い掛けた玉彦が言葉を飲み込んだ。
何に驚いて言葉を切ったのかと視線の先を辿れば、今まさに靄が染み出す扉がガタガタと揺れて、引き開かれた。
バーンと音を立てて勢いよく開かれた扉の向こうは横殴りの吹雪で、雪が冷たい風と共に教会内を吹き抜けた。
そして扉を開けたのは靄を纏ったエドワードで、私は呼吸が止まった。
柔らかな金髪が自身から発生している黒い風に巻き上げられて、さながら魔王の様相だった。
教会内の誰もが突然の闖入者に視線を集め、何事かとざわめく。
一体この中の何人がエドワードの異変に気が付いているだろうか。
俯いていた顔を上げたエドワードが太々しさ二割り増しでニヤリと笑い、口を開く。
「さぁ、いっ……!」
彼が何を言いたかったのか、最後までは言わせてはもらえなかった。
さぁ一緒にとか言いたかったんだろうけれど、それは扉の陰から突き出された錫杖に脇腹をド突かれて遮られた。
そして同じく扉の陰から飛び出た白い塊に押し倒されて、扉に縁どられたフレームからフェードアウトする。
白い世界になったところへ学生服と頭に雪を積もらせた竜輝くんが登場し、一礼してゆっくりと扉を閉めた。
「なんじゃあ、ありゃあ?」
「扉を開けるタイミング間違ったんでしょうかねぇ?」
私のお祖父ちゃんと夏子さんの呆れた様子の会話が教会内に響き、遅れて笑いが起こった。
タイミングも何も初めから扉を開ける予定ではない。
「外は吹雪の様だからここでブーケトスをしようじゃないか。さぁ、長椅子を動かそう。怪我をしたら困るからね」
パンパンと手を叩きながら澄彦さんが立ち上がり、男性陣が長椅子を移動させ始めた。
須藤くんと多門はざわめく会場をこっそりと後にして、薄く開けた外の扉へと身体を滑り込ませたのが私から見えた。
「玉彦、行かないの?」
「竜輝と黒駒が収めた。後始末は須藤らがいる。問題ない。問題があるとすれば」
そう言って玉彦は、額に手を当てて頭を振っていたスミス神父の肩に手を置いた。
「仕事関連の書物は厳重に管理せねばならぬということ。引越しの合間に見当たらなくなった物があるだろう。それはジュリアの薬辞書であったり、神父の退魔書であったはずである。違うか?」
「まったくその通りです……」
がっくりと肩を落とした神父さんは、まさか自分の息子がこんな事を仕出かすなんて、と落ち込み始めた。
エクソシストの息子が自分に何かを降ろして登場したんだから落ち込みたくもなるだろう。
「エクソシストと魔女の才能、どちらも持ち合わせている。隠し遠ざけるよりも、正しく導くことの方が良いと思うが」
「……妻と話合ってみます」
神父さんの小さな声はブーケトスで盛り上がる女性たちの歓声にかき消された。




