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数回だけ出席したことのある結婚式は五村の友人は神社やお寺、通山の友人は結婚式場やホテルなどだった。
チャペルでの式ではいつも後ろの友人席に座っていた私だが、今回は聖壇から見て左側の新郎席三列目に座っている。
二列目の南天さん、紗恵さんの隣は本来なら竜輝くんの席だけれど彼はどこへ消えてしまったのか姿はない。
紗恵さんによれば一緒に車で来た後、気付けば居なくなってしまっていたそうだ。
澄彦さんと玉彦は私の隣、そして須藤くんと多門はなぜか亜由美ちゃんの親戚側の席に座っている。
そこから数列後方には私のお祖父ちゃん一家がお隣さん枠で招待されて勢揃いしていた。
新郎新婦以外が入場し、色んな意味でドキドキしていると聖壇前から辺りを見渡したスミス神父は私をじっと凝視する。
なんだろ、何かしら。
着物は地味だし化粧は薄いし、見つめられるほど珍しい姿格好ではないはずだ。
すると神父は隣の玉彦に視線を移してこれまた凝視する。
「神父が何かを訴えているようだが」
「え?」
すっくと腰を上げた玉彦が神父さんに歩み寄って二、三言交わすと私を手招きして呼び寄せた。
まさかエドワードが何かやらかしたのだろうか。
「どうしたの? 問題発生?」
参列者に聞こえないように小声で玉彦に聞くと、代わりに神父さんがちょっと肩を竦めた。
「証人を決めるのを忘れていました。お二人とも新郎新婦のご友人なのでお願いできますか」
ずっこけそうになった私の脳裏に澄彦さんの言葉が甦る。
ポンコツ神父……。
まさかこの人はエクソシストとしては優秀な働きをしていたけれど、こういった教会での結婚式やミサなどの経験は少ないんじゃないだろうか。
だって証人を忘れるだなんて。
最後の結婚証明書にサインする証人はかなり重要なポジションである。
「証人ってサイン以外何をすれば良いのか全然知らないのですが」
せっかくの亜由美ちゃんの結婚式を失敗させたくない私は及び腰になったけれど、玉彦が黒子のようなものだと言い、神父さんは都度都度指示を出しますと言ってくれたので、私は恐縮しながら引き受けた。
確かに今日は真っ黒い着物だから黒子には打って付けだわ、と思いつつ玉彦と左右に分かれる。
そして神父さんが開式を宣言し、全員が立ち上がった。
一人きりで入場した新郎の豹馬くんは、私が彼と出会ってからこれまでで一番素敵な彼だった。
七三に分けたふんわりオールバックに銀縁眼鏡。
グレーの細身のタキシードはスタイルの良さが強調されて、少しだけ顎を上向きにしてバージンロードを歩いて来る新郎は会場の色めいた溜息を誘った。
常に面倒臭がり屋の豹馬くんがやる気を出す時。
それはお役目で死ぬかもしれないという時と、亜由美ちゃんの為だけの様である。
聖壇脇に私と玉彦が立っているのを見つけた豹馬くんは一瞬目を細めたがいつもの半目にはならず、すぐさま証人になったのだと理解をして凛とした表情を保った。
そしてそして。
かちんこちんに緊張したお父さんにエスコートされた亜由美ちゃんが入場して、周囲からはおおっと歓声が上がった。
那奈たちは友人席からスマホで撮影していて、私も出来ればそこに参加したかった!
花嫁のウェディングドレスは純白過ぎて輝いて見える。
上はあっさりめだけれど足元へ向かうにつれてふんだんに使われたレースが波のようにぶわわーっと後方に広がり、亜由美ちゃんが一歩ずつ進むとふわりふわりと優雅に揺れて、さすがオーダーメイド品なだけあって全てが計算されて無駄がない。
こうしてみるとやっぱりウェディングが王道に見えて来て、私も白無垢じゃなくてドレスが着たかった、と終わってしまった事を後悔する。
準備を面倒臭がって澄彦さんに全部丸投げした手前、声を大にしては言えないことだけれど。
亜由美ちゃんのお父さんからバトンタッチされた豹馬くんはベール越しに彼女と笑みを交わして、幸せ一杯で、クールな彼をこんなに解りやすくデレさせる亜由美ちゃんは凄いと私は思った。
ここで一枚ぱしゃりといきたいところだけれど、私がスマホを取り出そうと懐に手を差し入れる度、玉彦から厳しい視線が飛んで来る。
場を弁えろ、と口にしなくても言っていることが理解できてしまう自分が切ない。
式が終わった後に満足いくまで撮影させてもらえば良いけれど、たぶんその時には豹馬くんのこのデレた顔は消えてしまっているだろうことだけが残念である。
そんなこんなで玉彦の視線に度々牽制されつつ讃美歌を歌い、誓いの言葉や指輪交換を済ませ、亜由美ちゃんのベールが豹馬くんの手によってゆっくりと上げられて、ウェディングキス。
豹馬くんはこういう顔でキスをするのかぁ、としげしげと見て、反対に亜由美ちゃんの顔が見えているであろう玉彦を見れば何度も頷いて微笑んでいた。
玉彦と亜由美ちゃんの間には健全な友人関係が確立されており、玉彦の中では私を除いた同年代の女子の友達と言えば真っ先に亜由美ちゃんの名前が上がるだろう。
式が終わりへと近付き、スミス神父に二人が夫婦であることが宣言されて、私と玉彦は新郎新婦に続いて結婚証明書にサインをする。
重みを感じる万年筆を玉彦に手渡せば、彼はふと眉を顰めたけれど直ぐにサラサラと筆を走らせた。
何か気にかかることでもあったのかと小さく首を傾げると、今度は笑顔を保ったままの豹馬くんの鋭い視線が一瞬教会内を走った。




