17
シングルのベッドに腰掛けた私たちの前に、部屋の主は勉強机の椅子を引っ張り出して向かい合う。
「それで、なんなのよ」
「オレは結婚式でアユミを連れて逃げることにした。協力しろ」
エドワードは手にしていたDVDのケースを私に見せつけ、どうだと言わんばかりに胸を張った。
後方へ倒れた私は玉彦に助け起こされ、DVDを凝視する。
凝視しなくても内容は知っていたけど、せずにはいられなかった。
DVDは昔の映画で、終盤に別れた彼女の結婚式に乗り込んで彼女を攫って逃避行するやつだ。
「逃げることにした、ってあんたどこに逃げんのよ。引越ししてきたばっかりなのに。てゆうか、協力なんてしないから」
「しかも未成年で働き先もあるまい」
「玉彦。そこは問題じゃないのよ。そもそもね。これは両想いのカップルであることが前提なの。亜由美ちゃんは豹馬くんと両想いなんだから、エドワードが逃げようって言っても亜由美ちゃんは一緒に来ちゃくれないわ」
「これを飲めばアユミは来てくれるから問題ない」
そう言ってエドワードは机の引き出しから小さなタイプのペットボトルを取り出した。
ラベルは剥がされていて中身が良く見える。
ペットボトルを半分だけ満たした液体はどす黒く赤いもので、エドワードが傾けるとぬるりと揺れた。
非常に粘度のある液体を前に今度は玉彦がそれを凝視する。
「それはなんだ」
「ふっふっふ。惚れ薬だ!」
「貸してみろ」
半ば奪い取る形でペットボトルを手にした玉彦は、中身を傾け観察をする。
透明度が限りなく低い液体には細かい固形も漂っていて、惚れ薬というよりは毒薬と言われた方がしっくりくる。
なんてものを亜由美ちゃんに飲ませようとしているんだコイツは。
「母さんの書斎にあった本を読んで作った。凄いだろ」
「凄いだろ、って。どうしてジュリアさんがそんな本を持ってるのかってことがまず疑問なんですけど」
「母さんはグッドウィッチだからだ」
「グッドウィッチ?」
小首を傾げた私に、隣でペットボトルを観察し続ける玉彦が答える。
「そのまま直訳すれば良い。良い魔女。人を呪うのではなく薬師的な知識で人を救う者だ」
エクソシストに魔女って。
どんどん私の世界がフィクションの世界になっていく。
一通り怪しげな惚れ薬を観察し終えた玉彦は満足した様で、エドワードに返す。
「恐らく自身や動物の血液、そして毛や蛇の抜け殻やらを煮込んだようだが、効果はあるまい。飲めば腹を壊すだけだな」
呆気なく惚れ薬は失敗作だと玉彦に断言されて、エドワードは反論するかと思いきや、こちらも呆気なくやっぱり、と言って勉強机にコトリと置いた。
まぁねぇ。そんな簡単に惚れ薬なんて作れてしまったら、世の中おかしくなっちゃうわ。
「ジュリアさんが惚れ薬のレシピを持ってたなんて、不穏な感じがするんだけど。薬師に惚れ薬って必要ないよね?」
「逆引きして作成したのだろう。違うか?」
私から玉彦、玉彦からエドワードに質問がパスされる。
するとエドワードは正解を玉彦に言い当てられていたようで、目をそらした。
ジュリアさんの本には惚れ薬を飲まされた人の解毒薬のレシピが書かれていたのだろう。
つまりエドワードは使用される解毒薬の材料の効果を調べた上で、それが必要となるものをかき集めて混ぜたのだ。
例えばAという液体を飲めばBという解毒薬が必要となる。逆に言えばBという解毒薬を飲むためにはAという液体が必要ということだ。
「無駄に知恵が回るわね、エドワード」
「こんなの子供だって解かるさ」
「利口なのは良いことだが、このようなものを作成し、誰かに飲ませようとするのは感心せぬ。そもこのような惚れ薬を使い、相手の心を手に入れようとするのは卑怯である」
玉彦にぴしゃりと窘められたエドワードは増々目を逸らして、深々と雪が降る窓の向こうに顔を向ける。
けれど次に玉彦が放った一言に勢い付いて振り返った。




