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「さっき五村に入ったって連絡があったから、もうすぐ到着するよ。いやぁ、懐かしいなぁ」
と、一人ご機嫌の澄彦さんは寒々しい外で腕組みをして白い息を吐く。
旧友に会えることを喜ぶ澄彦さんを見れば私の中で厄介事と思ってしまっていた思いが少しだけ小さくなる。
去年は、色々あったから。本当に色々。
もう二度と生きて会うことのない親友を失くした澄彦さんの近くに友人が来ることは気が紛れることだろう。
「お友達が来て賑やかになりますね」
微笑んで私が言えば、澄彦さんはきょとんとしてこちらを見た。
なにかおかしなこと言ったかな。
「うん? お友達?」
「はい。お友達の神父さん」
「友達じゃないよ?」
「え?」
「役目で会っただけだよ。知り合いだって言ったでしょ」
「そういえば……」
「役目で三日ほど一緒だったんだよ。僕と宗祐で出向いた事案だったんだけど、あの頃はとんでもなくポンコツ神父でさぁ。ここ数年はちょくちょく名前を聞いてるから成長したんだろうなぁ」
「……三日だけのお知り合い?」
「うん。その時に僕に何か困ったことがあったら協力するって約束させたんだよねぇ」
「……約束させた」
何気ない澄彦さんとの会話は周囲にずーんと重い雰囲気を漂わせた。
私は何を勘違いしてしまっていたのだろう。
てっきり友人だと思い込んでいた。
だって困った時に助けてくれるって友人関係だと思うじゃないの。
でもそれは澄彦さんが約束させたからだったのか。
日本の田舎に憧れるとかそんな言葉は、もしかしたらヤケクソになって言ったことなのかもしれない。
そうだよねぇ……。
大都会横浜で神父としてエクソシストとしてそれなりに活躍しているっぽい人物が何を好き好んで田舎の鈴白村に家族で引越しして来なきゃいけないのか。
「澄彦さん。もしかして約束破ったらどうのとか言いました?」
「え? 針千本本当に飲ますって言ったよ。だってここは日本だもの。そういうお約束じゃないか」
「……そうですね」
私にはもう、それしか言えない。
澄彦さんの中では海外の人間も悪魔も、日本にいるなら日本のしきたりに従え、ということの様だ。
斯くして澄彦さん以外の全員に出会う前から同情を集めた神父さん一家は、無事に正武家屋敷に到着し、一晩をお屋敷で過ごすこととなった。
昨年亡くなった私の父、光一朗は海外出張の多い人間だった。
私が小さい頃は特に忙しかったそうで、年に十数日しか家に居ないこともあり、父が帰って来て、知らない人が来たと私が大泣きしたのは家族の中では鉄板の笑い話になっていた。
父を父だと認識してからの私は帰宅していた父と遊ぶのが大好きで、そんな中、自然と英語が身に付いていた、のに。
慣れとは恐ろしいもので、小さい頃あれだけ話せていた英語が小学校高学年にはカタカナ英語になり、中学には勉強の一つとなってしまい、それなりには聞き取れるが話せと言われると全く自信が無い言葉となってしまっていた。
日本語はぺらっぺらだと澄彦さんが言っていたように、お屋敷の座敷で日本料理に舌鼓を打つスミスさん一家は確かに流暢な日本語だった。
しかし時折澄彦さんたちとの間で巻き起こる笑いは英語で、聞いてから理解をする私の笑いは一歩出遅れている。
海外には行かないから絶対に英語が必要ないと思われる玉彦は普通に話しているし、というか私以外は全員話している。
稀人の英才教育って一体どうなってんのよ。
賑やかな場に座ってはいるもののだんだんと置いてけぼりをされている私は、一人大人しく箸を進める。
今晩の夕餉はこれでもかという程のこってこての日本料理で、美味しいけれど、ちょっと寂しい。
会話に入れず俯いた顔がお膳と睨めっこをしていると、にょきっと脇からさらりとまっすぐで長い金髪の、青い瞳の少年が心配気に覗き込んできた。
「嫌いなもの、食べてあげようか?」
ちょこんと私の隣に正座をした少年はスミスさんの次男のリチャードくんだ。
絵に描いたような金髪美少年で、揃えた前髪に、流れる長髪は王子様さながら。
青い瞳は透けて不思議な感覚を私に覚えさせた。
「あ、大丈夫よ。大人だもん。嫌いなものはないわ」
「そうなの」
「でも残してる。嫌いなんだ」
そう言って私がわざわざ最後に食べようと思って残していた茶碗蒸しの中のユリ根をサッと箸でかっさらって行ったのは長男のエドワードで、正面に陣取り次々と私が後に取って置いたものを口に運んでしまった。
弟のリチャードくん同様、エドワードも美少年ではある。
緩い癖毛の金の髪は耳を隠す程度の長さで、瞳の色は母親のジュリアさん譲りの濃い茶。
見た目は美少年兄弟だけれど、性格は正反対のようで、俺様の兄と優しい弟の図が出来上がっている。
ちなみにこれは両親の特徴を引き継いでいるように私には見えた。
父親のジョンさんはひょろりとした小柄の男性で、私のエクソシスト像とはかけ離れていた。
どっちかって言うとよく向こうの映画で登場するような弱々しい感じの優等生な感じで、丸い眼鏡が尚更そう思わせる。
対して母親のジュリアさんは大柄で快活な女性で、座敷の中心で華を咲かせていた。
どうやら少年たちは大人の話に入っていけず、大人しく座っていた私を暇つぶしのターゲットに定めた様である。




