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「あの、澄彦さん?」
「なんだい、比和子ちゃん」
「神父さんって家族でいらっしゃるんですか?」
「うん、そう。横浜から」
「ここに住むんですか?」
「うん、そう。日本の田舎が夢だったそうだよ」
「日本の田舎って……。どこの国の人ですか?」
「あー、どこだったかなぁ。あ、でも日本語はぺらっぺらだから大丈夫だよ?」
「お子さん、居るようですけども」
「二人ね、息子がいるよ。竜輝と同じ年の子と希来里と同じくらいだったかなぁ」
四つ目の蜜柑を剥きだした澄彦さんは口元に笑みを浮かべて良かった良かったと言うけれど、私は眩暈を感じた。
よりによって大雪の鈴白村に家族でお引越し。
高田くん一家ですら雪が解けてから引越しをしてくる予定だというのに。
しかも日本語が話せるとはいえ外国の人。子どもも二人ということは奥さんもいるのだろう。
しかもしかも年齢から察するに普通に学校へ通っている年だし、引越しをするということは転校を余儀なくされたわけで。
大都会の横浜からド田舎の鈴白村に転校してくる子どもたちはきっと猛反対しただろうな、と思う。
土地のことだけではなく、転校ということに対してもだ。
私は自分も美山高校に編入したから良く解る。
高校には玉彦や顔見知りの面々が居たからすぐに馴染めたけれど、排他的な村の小中学校に、しかも外国の子が転校するって一大事である。
子ども同士だから仲良くできるだろうっていうのは大人の考えで、それが通用するのはせいぜい小学低学年までである。
結婚式の裏側で人生を変えられてしまった被害者が増えたことに言葉が出ない。
澄彦さんと私の会話を大人しく聞いている玉彦はどう思っているのかと横目で窺えば、僅かに眉間に皺を寄せていた。
けれどその皺の理由は私とは違ったものだった。
「その神父とは悪魔祓いの神父ではないのか。その様な者を五村に住まわせるつもりか。神父に他所から禍が持ち込まれればこの地にどの様な影響が出るのか考えられたのか、父上」
責める口調の玉彦に澄彦さんはふふんと鼻を鳴らして片眉を上げる。
「ここは五村ぞ、日ノ本ぞ。悪魔だろうが何だろうがこの地に足を踏み入れれば我らに祓われるのが道理である。どこの地の者であろうと勝手は赦さぬ。大手を振って歩けるのは外つ国だけだ。この国に入れば道理に従ってもらう。それだけのことだ」
「……万が一の時は己で尻拭いをされよ」
「馬鹿を言うな。貴様の稀人の結婚式の為に召致したのだぞ。半分くらいは担え」
澄彦さんに任せるといつも面倒臭い方向へと話が進む。
だったら派遣の牧師さんに大人しく頼んでおくのだった、と玉彦と私は半目になった。
神父さん一家が引越しをしてくる、というセンセーショナルな噂というか事実は、翌日には鈴白村の情報通の夏子さんの耳に入った。
隠すことではないという澄彦さんの意向で情報は解禁、藍染村の大工の棟梁から発信され、瞬く間に広まり、結婚式当事者の豹馬くんはお休み中の家で紗恵さんから知らされたそうだ。
神父さん一家が到着する日。
つまり私たちが話を聞いた翌日。
午後のお役目が終わって雪ん子が降らせた大雪の残骸を前に、澄彦さんと玉彦、そして私と稀人たちは裏門で神父さん一家の到着を待っていた。
結婚式の準備は完璧! と新郎の豹馬くんよりもなぜかやる気の澄彦さんは本当にお祭り好きの楽しければ何でもいいという人物である。
そんな人物の隣には色んな意味で疲れ果てている豹馬くんがいた。
籍は入れたものの結婚式だけが遅れに遅れ、亜由美ちゃんのモチベーションを保たせつつ準備に奔走したのに当主の鳴かなくてもいい鶴の一声で頓挫し、村に教会やホテルは建つ、外国人の神父さん一家が引っ越して来る、しかも新居が出来上がるまで御門森のお屋敷でお世話しなくちゃいけないで、人生で一番の試練の日々だと窶れ、普段なら茶化して笑う多門でさえ同情して母屋の雑事は出来るだけ負担させないようにしていた。
二人の結婚式は当初の予定よりも大幅に遅れてしまったので、自分の親戚はもちろん、新婦側の親戚に事情説明に追われ、大学時代の友人は時期が未定だと招待は諦め、五村の事情に詳しく正武家の我儘に寛容な小中高の友人だけを招待することになったそうだ。
私はそんな豹馬くんに掛ける言葉はなく、というかどんな言葉を掛けても逆切れされそうなので、こっそりと玉彦の陰に潜んでいる。
私で良ければ手伝うよ、なーんて年明けに申し出たら、お前が関わると面倒事が増えるだけだっ、と言われていたので。
ちなみに豹馬くんも奔走していたけれど、亜由美ちゃんだって大変だったそうだ。
勤めている村役場では度重なる延期に頭を下げて、最終的に教会やホテルを正武家が村に建設するという通達を聞いた村長さんが、そういう正武家様が絡む事情は自分たちには不可抗力だから気に病むな、と慰めてくれたそうである。
そしてこれからもっと大変になるであろう人たちがいる。
それは御門森のお屋敷にいる稀人を引退した宗祐さんと南天さんの奥さんの紗恵さん、息子の竜輝くんだ。
神父さんのお家が出来上がるまで、強制的にホストファミリーの役割をしなくてはならない。
しかも竜輝くんは美山高校の受験勉強の真っ最中で結婚式の翌日が受験日というとんでもない日取りになっていた。
子ども同士仲良くなる以前の問題である。




