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多門が育ったところ。清藤の本拠地は九州にあった。
過去形なのはもうその地に清藤は無いから。
多門の話によれば、九州は歴史的事由でキリスト教徒が多いそうだ。
そういった土地で不可思議な出来事に従事していた清藤の多門は、依頼主が清藤よりも先に教会へと相談し、解決出来なかった事案を引き受けることもよくあった。
「エクソシストってあれでしょ。ニンニクと十字架持って悪霊退散!」
興味津々で話を振ると、多門はがっくりと首を折った。そして私に冷めた視線を向けた。
「それね。フィクションだから。しかもB級映画。きちんとしたエクソシスト作品でそんなことしないし」
「そうだっけ?」
私の中のエクソシスト像は戦う神父様、または牧師様である。
私の脳内を見透かした多門は須藤くんに目を向けて、誤った知識を持ってる馬鹿を正せと無言で促した。
「あのね、上守さん」
「うん」
「エクソシストっていうのは簡単に言ってしまうと悪魔祓いに特化してるんだよね。正武家様みたく古今東西何でも御座れじゃないんだよね」
「ええ~……。でも悪霊退散……」
「彼らが云う悪霊って人間に憑りついた悪魔のことなんだ」
「霊なのに悪魔なの?」
「えっ。あー、えー。つまり……」
「要するに人間に悪さするそういった者は全部悪魔に操られてるって考え。エクソシストってやつは人間に憑りついた悪魔の名前を知るために地味にコツコツと憑りつかれた人間に名前を吐かせる。悪魔の名前を特定して神の名の下に人間の身体から出て行くように命令をするんだ」
理解はしているが上手く言葉に出来なかった須藤くんに代わり、結局多門が私に説明をしてくれる。
「出て行った悪魔って、どうなるの?」
「は?」
「成仏して天国に行く、ってわけじゃないのよね?」
例えば正武家では宣呪言によって禍と呼ばれるモノたちは祓われ、浄化される。どこへ行くかは、知らないけれど。
お坊さんの蘇芳さんがお経を唱えれば成仏させられて、たぶん御仏の下へと送られるのだろう。
じゃあ追い出されただけの悪魔は一体どこへ行くのだろうか。
私の疑問にこれまで色々答えてくれていたさすがの多門も考え込み、地獄に帰るんじゃない? と自信無さげに答えた。
天使と悪魔の戦いは現在進行形で、悪魔を根本的にどうにか出来るのは天使なのだそうだ。
だったら、と私は考える。
もし澄彦さんや玉彦が悪魔と対峙した場合はどうなるのだろうと。
宣呪言でも祓えないかもしれない悪魔にどう対応するのだろう。
黙り込んだ私にこれ幸いと須藤くんと多門はさっさと後片付けを始め、私はダイニングテーブルでずっと耽っていた。
澄彦さんを問い詰めて数日後、事態は動いた。
午後のお役目が終わり、普段なら澄彦さんと夕餉の席まで顔を合わせない玉彦と私は彼の母屋にお呼ばれをして、夏には晩酌をする縁側がある部屋に足を踏み入れた。
そこには母屋では、というか正武家屋敷では家中の間以外では存在しないと思われた炬燵があり、澄彦さんはぬくぬくと暖をとっていた。
さぁさぁ、と炬燵布団を捲る澄彦さんに誘われて冷えた廊下を歩いて来た足を入れればじんわりと温もりに包み込まれて、炬燵の上にある葉っぱ付きの蜜柑に癒される。
「私たちの部屋にも炬燵置かない?」
澄彦さんの正面に腰を下ろしていた玉彦に声をかけると、炬燵は人を堕落させる恐ろしいものだと速攻で却下された。
昔、何かあったのだろうか……。
「それで何用か」
さっさと部屋に帰りたい様子の玉彦は勧められて転がされた蜜柑に目もくれず、澄彦さんに問い掛けた。
「明日、神父が来る」
端的な澄彦さんの答えに玉彦と顔を見合わせる。
澄彦さんはきちんと動いていたという事実と予想以上に早い神父さんの来村に驚いたからだ。
私たちの反応に気分を良くした澄彦さんは蜜柑を頬張り、何度も頷く。
「とりあえず住居が完成するまで御門森で預かってもらうことにした。ここの屋敷だと神父に刺激が強すぎるから。それにあっちには竜輝がいるし、子ども同士仲良く出来るだろうと思ってね」
「……?」
「……?」
「藍染の棟梁に急ピッチで頼んだから結婚式前には入居できるだろう」
たった数秒の澄彦さんのお知らせに含まれる疑問の数々にどう突っ込んでいいのやら。
まず、来るのが早い。
結婚式の立ち合いの下見を兼ねて来村するのかと思いきや、住居を建てるつもりらしいことから住むのだろうか。
それならば来る、ではなく、引越しである。
御門森のお屋敷で預かってもらうことに疑問は無い。
刺激が強すぎるとは、つまり神父さんはそういうものを感じることの出来る人物なのだろう。
澄彦さんはお役目で会ったって言っていたし。
そんでもってもっと疑問なのは、竜輝くんがいるから子ども同士仲良く出来るって、なに。
さらっと聞き流してしまうには重大過ぎるキーワードだった。




