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さてここで問題なのは教会である。
建物があっても、主が不在。
まさか澄彦さんが神父さんを務めるはずはないし、玉彦だってそうだ。
彼らほど教会と不釣り合いな人間たちもいないだろう。
私の素朴な質問に凝固していた澄彦さんは、ハッと意識を取り戻して笑顔を維持させた。
まるでそんなこときちんと僕は考えていたよ、という風を装う。
「大丈夫。大丈夫。きちんと考えていたから」
とか何とか言っちゃって、今、猛烈に頭を動かして考えているに違いない。
疑わし気な視線を私に向けられた澄彦さんは少しだけ目を泳がせたのがその証拠である。
「えーと。うーんと。僕の知り合いで神父がいるから来てもらう予定なんだよ」
「本当ですか?」
「ほんと。ほんと。かなり昔に役目で会ってね、僕に困ったことがあったら助けてくれるって言ってた」
「来てくれるとその人は了承してくれたんですか? この田舎に? 住むんですか? それとも結婚式の時だけ毎回来てくれるんですか?」
「えっ? ええぇ~っと……。あっ。何だかお腹が痛くなってきたな……。僕は閑所に行きます。ここには戻りません。ご馳走様でしたっ」
朝餉の最中にトイレに行くと堂々挙動不審に宣言した澄彦さんはそそくさと立ち上がり、風のように足早に立ち去った。
そんな澄彦さんの背を見送った私は、何食わぬ顔で箸を進める玉彦を見る。
「どうにもならなかったら、どうするつもり?」
「……父上を木にでも吊るすか」
「あんたも一緒に吊るされるって覚悟しておきなさいよ」
「……」
「絶対に私が吊し上げてやるからね。しかもお屋敷じゃなくて鈴白神社の御神木に」
「……俺も腹の具合が……」
「玉彦っ!」
私の声を背中に玉彦も席を立つ。
そして朝餉の席に戻って来なかったのだった。
ぽつんと座敷に残されてしまった私は、お膳を下げに来た須藤くんのお手伝いをしながら二人で台所へと足を運び、洗い物を待ち構えていた多門に出迎えられた。
ダイニングに座って二人の背中にさっきの会話を聞かせると、須藤くんは肩を揺らし、多門は竦めた。
「澄彦様らしい。でもきっと何とかなるから大丈夫じゃない?」
たいした問題じゃないと須藤くんは笑い、私を振り返った。
「もしどうにかならなかったら、バイトの牧師を頼めばいいんだよ。チャペルだって本物の人がしてるわけじゃないからね」
「えっ? そうなの?」
「うん。そういう派遣業者もいるし、最終手段でそこに頼めばいいんじゃないかなー」
そんな会話をしていると、手際よく洗い物を済ませた多門が二人分の食事をテーブルに置いて手を合わせてから箸を持つ。
「最終手段っていうか、最初からそうした方が良いんじゃねーの?」
「どうしてよ?」
「当主が役目で会った奴って、たぶん神父だろ。カトリックの神父とプロテスタントの牧師だと結婚式の勝手が違うだろ」
「そうなの!?」
何度も驚き、今度は多門に顔を向けると、知らなかったのか、と逆に驚かせてしまった。
流石に私だって神父さんと牧師さんの違いくらいは知っている。
でも結婚式の勝手が違うなんて聞いたことが無かった。
正直チャペルでは神父さんでも牧師さんでもどっちでも良いと思っていた。
「牧師は立会人になってくれるけど、神父は敬虔な信者の結婚式の立会しか引き受けないことが多いよ。豹馬も亜由美っちもクリスチャンじゃないでしょ。どう考えても」
亜由美ちゃんの家には立派な仏壇があるし、豹馬くんは稀人だからクリスチャンではない。
そもそも二人が信仰している宗教を私は知らないけれど、キリスト教ではないと思う。
「それにもし鈴白の教会で布教活動するなら、どっかの許可が必要だし、宗教法人設立するなら信者を何人か集めてから文化庁? かどっかに申請しなきゃだし。それだってすぐに申請が通る訳じゃないからね。だから派遣に頼んだ方が早いって」
「多門、詳しいわね」
「まぁね。オレが育ったとこ、天主公教会が多かったからね」
「天主公教会?」
「カトリックの教会。神父。たまにエクソシストにも会ったよ。仕事柄」
「エクソシスト!」
三度驚いた私に多門は無知め、と言うようにお味噌汁を啜る。




