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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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7


 これに困ったのは豹馬くんである。


 豹馬くんからすれば自分の職場の上司を招待することに何も問題はないが、彼には上司が二人いる。

 当主の澄彦さんと次代の玉彦である。

 けれど自分の直属の上司は玉彦で、しかも腐れ縁の幼馴染。

 澄彦さんにはきちんと理由を説明して納得をしてもらっていたはずなのに、駄々を捏ね始めた澄彦さんに豹馬くんは亜由美ちゃんと共に頭を抱えた。


 澄彦さんと玉彦の役を入れ替えると、今度は玉彦が結婚式に参列する私がお屋敷にいなくなってしまうので欠席しろと言い出し、それを耳にした亜由美ちゃんはマリッジブルーも相まって塞ぎ込んでしまった。

 その話を聞いた元凶の澄彦さんは流石に亜由美ちゃんに申し訳なく思ったようで、豹馬くんを呼び出し、そもそもどうして五村外の結婚式になってしまったのか、と聞けば、亜由美ちゃんの子どもの頃からの夢はウエディングドレスを着てチャペルでの結婚式だと言っていたので、と答えた。


 五村にはお寺や神社はあるけれど、教会やオシャレなチャペルなどはひとつもない。

 なので自然とお寺や神社で祝言を挙げるのが普通になっていて、玉彦と私の祝言も神社で行われた。

 私たちの場合はちょっと特殊で、神社と正武家屋敷にある本殿の二か所で挙げている。

 披露宴はお屋敷の大広間を端から端まで開放していた。


 で、である。


 豹馬くんから話を聞いた澄彦さんは、おそらくほぼ何も深くは考えず、五村に教会を建てる、と言い出した。

 いつもなら制止役の玉彦も話に乗ってしまったから、もう、誰にも止められなかった。

 私はというと三人がそんなことを話し合ってたなんて知らなくて、上機嫌で部屋に戻ってきた玉彦にその話を聞いて、耳を疑った。

 だって教会を建てるって。しかもチャペルではなく、教会である。

 ついでに結婚式の招待客が宿泊できるようにちょっとしたホテルも建てるという。


「それって、どうなの?」


「何がだ。悪くはない案であろう」


 確かに悪くはない案だが、教会である。ホテルである。

 そもそも民家ではなく、教会やホテルは特別な許可だって必要になるだろうからおいそれと簡単には建てられないはずだ。


 だがしかし。

 五村で正武家がこうと言ったら実行されてしまうのであった。


 しかしいくら正武家がそう言っても出来ないこともあった。

 教会とホテルが建設される土地は鈴白村の端っこで地主が建てるというのだから問題は無かったが、建てると宣言しても今日明日に完成するものではない。

 しかもこの冬は雪ん子の仕業で大雪となり、建設は大幅に遅れてしまったのだった。


 澄彦さんの予定ではクリスマスでロマンチックにと第三者が身勝手に予定していたが、結局竣工したのは二月のバレンタインデー前。

 遅れに遅れて亜由美ちゃんはもう結婚式は諦めようかな、とお正月に言い出していたのを豹馬くんが何とか宥めていた。


 ちなみに澄彦さんと玉彦が揃って馬鹿なことを言い出した皺寄せ。

 村外の式場や宿泊予定だったホテルのキャンセル料は全て正武家から支払われた。

  建築に関わる諸々の費用は松梅コンビが見事な算盤捌きで弾き出し、緑林村から切り出された木材で藍染村の職人たちが総出で携わり、それだけでは人手が足りぬと赤石や鳴黒、鈴白の職人たちまで駆り出される一大事業となった。



 建物の完成が近付いた一月。


 どうにかこうにか結婚式に漕ぎ付けそうだと澄彦さんはホッと安堵した朝餉の席。

 誰のせいだと私が澄彦さんと玉彦をじろりと一睨みして、すがーんと頭に雷が落ちるほどの疑問が頭に浮かんだ。


 ホテルは既に完成し、従業員も各村から殺到していた就職希望者の中から面接をして雇用した。

 研修は既に始まっていてオープンに備えて着々と準備は進んでいる。

 教会は澄彦さん曰く拘った造りにしたそうなのでまだ完成はしていなかった。


「あの、澄彦さん?」


「なんだい、比和子ちゃん」


「教会って、誰が管理するんですか?」


「え?」


「チャペルじゃなくって教会って言うくらいだから、神父さんか牧師さんがいる、んですよね? 結婚式にだって必要ですよね?」


 当たり前な質問をした私の目には返事をして笑顔で固まった澄彦さんと、箸を小鉢に付けたまま時を止めた玉彦が映った。


 チャペルとは私の記憶が正しければ結婚式だけに使用される、ホテルとかにある建物で、教会はそれこそ宗教活動もする建物だった。


 動きを止めた二人はそれからたっぷり一分は動かず、くうを凝視した。

 この人たち……側だけ考えて、中身は考えていなかったな。


 そう言えばホテルの従業員だって南天さんが年明けに慌てて村役場に出向いて募集をかけていた。

 しかもそもそも豹馬くんと亜由美ちゃんの結婚式の為に建てられた二つの建物だけれど、経営維持はどうするつもりなのか。

 田舎の五村なので結婚式は多くはないし、神社やお寺とライバルは多い。


 凝固する二人を見て、私は思った。

 やっぱり正武家の人間にはきちんと財政管理をする人間が必要だと。

 松梅コンビが今回建設によくGOを出したものだと疑問に思っていたら彼女たちに抜かりはなく、ホテルには温泉が引かれ、結婚式の宿泊の為以外の売りもきちんと用意されていた。

 しかも私が後から聞いた話だとホテルにはちゃっかりシルバープラチナというプランが最初から一つだけ用意されていて、シルバー以上の年齢の人たちには割安で日帰りや宿泊で温泉が楽しめるプランが設定されていたのだった。




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