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「比和子ー? ……居ないけど」
「えっ? そんなはずは……」
「障子開けっ放し。外に出てるんじゃないの?」
「まさか」
那奈と須藤くんが部屋に入ってきた気配がして、庭で寝転ぶ私を見つけるのに時間は掛からなかった。
縁側から飛び出した須藤くんが私の肩を掴み、那奈の温かい手がお腹に当てていた私の甲に重なる。
「何やってんのよ! 比和子? 比和子!? 意識ある!? 滑って転んだの!?」
身体を揺すられ、私は眉間に皺を寄せて口がへの字になり、増々涙が落ちた。
気付いてもらえたことへの安堵で一杯になり、嗚咽が漏れそうだった。
「泣いてる! 意識ある! 須藤、救急車!」
「わか……。鰉、聞こえてるか?」
「はぁっ? 呼吸!? 呼吸あるよ! 息してる!」
私の鼻に耳を寄せた那奈が辺りを見渡している様子の須藤くんに苛立たし気に声を荒げる。
「そうじゃなくて。歌……。歌だ。ずっと聞こえてたのは歌だったんだ……。いついつでやる?」
「天然ボケもそこまでにしてよ! 比和子を中に入れないと!」
冷え切った身体を起こそうとした那奈に逆らい、私は大の字になって地面にへばり付いた。
見つけてもらって万々歳だけれど、起き上がる訳にはいかないのだ。
「ちょっと比和子! なにやってんのよ! 死にたいの!?」
更に身体を揺する那奈の腕を須藤くんが止めたのが分かった。
そして私の肩に置いていた手にギュッと力を籠めた。
「上守さん、聞こえてる、んだよね?」
固く目を閉じて頷く。
「後ろの正面を存在させないために動けない、んだよね?」
そうそうそうなの! と猛烈に何度も頷けば、須藤くんは隣の那奈に部屋から掛け布団を持ってくるように指示を出した。
「布団!? 比和子運んだ方が良いって!」
「出来ないんだよ! 動かせないんだ! 身体を起こせばっ……」
子どもたちが流れる、と須藤くんが言葉にするのも恐ろしいと言わんばかりに声を小さくした。
那奈が部屋から持って来てくれた掛け布団が身体に掛けられ、私の顔以外はとりあえず保温できそうだ。
「どうすんのよ、これから」
「玉彦様に連絡がつかない。お役目の真っ最中みたいだ。澄彦様も南天さんも会合の最中だから、スマホをサイレントにしてるっぽい……」
「どいつもこいつも使えないわね! 須藤、ちょっと外に行って歌ってるお花畑を追い払って来なさいよ! てゆうか歌なんて全然全く私には聞こえないけどね!」
「鰉に聞こえないからこそ、ヤバいんだよ。そういうヤツってことだから」
須藤くんに言われて黙り込んだ那奈は、何を思ったのか私の隣に横になった。
「私、妊娠してないし、こうやって寝れば比和子の代わりになれない?」
那奈の気持ちに増々涙が落ちる。
「聞こえていない人間がやっても意味ないと思うな。僕が寝れば良いかな……。でも、男だしな……」
「じゃあさ、ゆっくり比和子と私が背中合わせになって、私の名前を言えば良いんじゃない?」
「当てられた鬼役がどうなるのか分からない。危険すぎる」
「じゃあどうすんのよ!」
「今考えてる!」
須藤くんが黙って考え込むこと数分。
その間、歌はずっと続いていた。
全く諦めようとしない声の主は、どこにいるのか。
声、音は黒塀を越えて届いているけれど、もし私が誰かの名前を言った場合、どうなるんだろうと考える。
もし名前を言われた人物が黒塀内に居れば、次はその人に憑りつくんだろうか。
もし黒塀内にいる私が間違った答えを言ったなら、こちらへ来られない声の主は私にどうやって禍を起こすつもりなのだろう。
音で気を狂わせて、流産させるつもりだろうか……。
須藤くんも同じことを考えていたようで、一か八か自分の名前を言ってみてと私に提案してきた。
しかし那奈も同じ考えだったようで、須藤くんの提案を瞬時に却下した。
「じゃあどうするんだよ……」
「どうするって……。あっ! 玉様の御札、持っておけばとりあえずは近付けないんじゃない!? 近寄れなくて比和子の周りをうろちょろしてるうちに玉様帰って来れば!」
「さすがに札で声は防げない……けど!」
ザッと足音を立てて去った須藤くんはすぐに私と那奈のところへ戻ってきた。
文机の引き出しから玉彦の御札を持ってきたようだ。
ついでに青紐の鈴も持って来てくれたようで、私の手に握らせて振り続けるように言う。




