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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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6


 歌は途切れてはリピートされる。


 後ろの正面だぁれ? と聞かれるたびに周囲が冷え込んでいく気がする。


 固く目を閉じている私の顔に雪が積もり出す。

 もう肌も冷たくなってしまい、雪は解けることがなくなった。

 せめて、と耳を塞ぐことを止めて両手を下腹部に当てる。

 背中から冷えてきているし、前だけ温めても意味はないのかもしれない。でも当てないよりはマシだろう。

 こういう時にこそ子どもを護る神様の出番だと思うんだけど、出て来てはくれない。


 誰か、気付いてくれないだろうか。

 私の窮地を。


 声を出して須藤くんを呼びたいが、名前は呼んじゃいけない気がする。

 私が何かを口に出せば、それが答えとして『何か』が動くかもしれないと考えると、迂闊に声も出せない。


 五村にいる澄彦さんは、異常に気付いてくれないだろうか。

 希来里ちゃんがこっくりさんに祟られた時、澄彦さんも玉彦も関知していた。

 もしかすると澄彦さんは『何か』を関知しているのかもしれない。

 けれど小物過ぎて放って置こうと思っている可能性が高い。

 まさか歌で禍を起こしているとは思いも寄らないだろうし、ましてやお屋敷の近くをうろちょろしても黒塀が弾くだろうと。


 じゃあ玉彦は。

 心の中で玉彦の名を呼んでも無駄なのは家出をした時に知った。

 名前を言霊に乗せなくては届かない。

 声に出さなくては。


 青紐の鈴を何度も鳴らせば、玉彦から須藤くんに連絡が入って駆け付けてくれただろうけれど、鈴はたった数歩離れた部屋の中にある。

 あれほど、嫌というほど鈴を持つことの重要性を理解していたはずなのに。

 正武家家人がお屋敷不在の時には身に付けておくべきだったのに。


 いつまで経っても成長していない自分にうんざりして閉じた瞼に沿って涙が浮かんだ。

 自分一人が痛い目に遭うならまだ良い。

 自分のせいだから。

 でも今、一蓮托生の子どもたちまで危険に晒して、私、何をしてるんだろう。


 取り留めもなく流れる涙が雪を溶かし、耳に触れ、そして歌以外届かなかった私の耳にとたたたたたっという廊下を走る足音が聞こえた。


「上守さん?」


 部屋から聞こえた声は須藤くんで、襖の向こうから声を掛けてくれているようだ。


「上守さん、もう寝ちゃった?」


 返事が無いと襖は開けない須藤くんは私の返事を待っていたようだけれど、それが無い、寝ていると判断をして立ち去ろうとする気配が伝わる。

 私と玉彦の私室は全くのプライベート空間なので、基本的に返事が無いと勝手に開けることを稀人はしない。

 けれど今はそんなお約束を守っている場合ではない。


 ここにいるよ! 須藤くん!


 届け届けと念じていると、再びかごめかごめが始まる。


「……上守さん? ちょっとごめん。さっきからずっと部屋に居ても何か聞こえて来て気になるんだけど。聞こえてたりしない? 寝てるから聞こえないのかな?」


 不可思議なものを視る視覚を持つ豹馬くん、嗅覚が鋭い多門、そして聴覚が優秀な須藤くん。

 彼には延々とリピートされているわらべ歌が聞こえていたんだ。

 部屋は結構離れていたのに。

 このチャンスを逃せば玉彦が帰ってきた頃、私は庭で冷たくなっているだろう。


 どうすれば気が付いてもらえるのか、須藤くんが部屋の前から立ち去るまでにアクションを起こさないといけない。

 起き上がって部屋に駆け込めば良いだろうか。

 いや、でも私の背後に何かが入り込む隙を与えてはいけないような気がしてならない。

 声の主が後ろに来てしまった場合、私が当てることなんて出来ない。

 もし答えを外してしまったら、どうなるのかなんて想像もしたくない。


 歌が終わり、ほんの少しの合間。

 再びだんだんだんと足音が近づいてきた。


「げっ。須藤。そんなとこで座り込んでなにやってんのよ。キモッ」


「あっ、鰉……。キモッて……。気になることがあって来たんだけど上守さん、もう寝ちゃってるみたいで。そっちこそどうしたんだよ」


「私? 私はちょっと比和子とまだ話したいことあって来たんだけど。寝てんの? ……でも明かり漏れてんじゃん」


「電気付けたまま寝てるのかな」


「あー私も良くやるやつだわー。スマホ持ったまま意識不明。ちょっとどいてー。おかしな格好で寝てたら風邪引くじゃん。電気消すついでに布団掛けてやんないと」


「あっ。勝手に開けるのは……」


「なに言ってんのよ。比和子一人だけなら別に放置しとくけど、そうじゃないじゃん、今。玉様帰って来てお腹丸出しで寝てたら卒倒するよ。ほら、どいたどいた」


 中で私が寝ているかもと思っているはずの那奈は遠慮なくスパーンと襖を開けたようで、びゅうと縁側から入り込んだ冷たい空気に小さな悲鳴を上げた。




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