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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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5


 衝撃的な発言をした須藤くんを台所に残して、私と那奈はそれぞれの部屋へと帰った。


 一体須藤くんはどういうつもりで言ったのか問い質したい気持ちで一杯だったけれど、なんとなく半分本気だったんじゃないかと思う。

 だって十三年後の四十手前って、双子の片割れを鈴白村に連れて帰って来る時期だ。

 そんな具体的な時期を口にするだなんて、と考える私は考え過ぎだろうか。


 いや、そもそも須藤くんのおかしな生態に那奈は当てはまらない。

 須藤くんは自分を好きだと言ってくれる人が好きで、お付き合いをして、幸せの絶頂期に別れを切り出してしまうという奇妙な生態である。

 そんな彼が全てをすっ飛ばして那奈に結婚しても良いと言うだろうか。


 お布団に横になって色々と考えていると、私は一つの可能性に達した。


 そもそも須藤くんが別れを切り出してしまうのは相手が自分から離れて行ってしまう前に幸せな記憶だけを残しておきたいから、だ。

 稀人として正武家に仕える須藤くん、そして事務所でずっと働きたい意思がある那奈。

 正武家さえ存続していれば須藤くんと那奈は、それこそ死ぬまで嫌でも顔を合わせる。

 ということは、須藤くんが深層意識で恐れている別れというものが無い。死、以外は。

 いや、でも。だからって須藤くんが那奈と結婚したいと思うほど彼女のことを好きなのか疑問がある。

 

 那奈だって須藤くんのことをどう思っているのか。

 もし那奈が情熱を持って須藤くんを口説き落としてお付き合いが始まればあり得る話だけれど、今さら須藤くんをそういう目で見るのか疑問もある。


「ううーん……。難しいっ」


 久しぶりの難題に頭を悩ませた私は起き上がってリフレッシュのために障子を開け放ち、外の空気を取り入れた。

 さっきまで激しかった雨足は途絶え、今は打って変わって静かに降る細雪に姿を変えていた。


 十一月に降る雪は、高校二年生の夜を思い出す。

 学校祭前の、あの夜。

 玉彦と仲違いをして、澄彦さんの母屋で過ごしていた日々。

 そして庭に降りた私は雪を落とす夜空を見上げて掴もうとして、玉彦が現れて。


 思い出してギュッと心臓が悲鳴を上げた。

 もう二度とあんな事にはならないと解っているのに。


 縁側に出れば身体に冷やりとした空気が刺し、吐き出す息は白い。

 しんしんと降り続く雪を眺めていたら、また、歌が聞こえた。


 女の人の声だった。


 辺りを見渡しても誰もいるはずがなく、黒塀の上に視線を向けても何かがこちらを見ている様子はない。

 聞いたことのある旋律に私も思わず口ずさんだ。


「ゆーやけこやけで……」


 たった数秒歌った歌詞の『で』の部分は私しか歌わず、どこからか聞こえていた歌声はそこで一旦止まって再び同じ旋律を歌う。


「あっ……」


 これはヤバいやつだ!


 両手で耳を塞いでも、歌が、聞こえてくる。


 しかも妊娠中の私にとって不吉とも言える歌。


『かーごめ かごめ』


「やだっ。どうしよう!」


 どうしてボケっとしていたのか。

 歌まで口ずさんで。


 こんな夜に、こんな天気で、こんな場所で。

 歌が聞こえるだなんて普通じゃない。


 正武家屋敷は黒塀によって悪しきものは阻まれる。

 けれど音までは防ぎきれないようだ。

 この歌が歌い終わる時、私に一体何が起こってしまうのか。


 後ろの正面には誰がいるのか。


『つーるとかーめが』


 もう、歌い終わる。


 私は咄嗟に縁側を飛び降りて、細雪が解けては積もる地面に仰向けに倒れ込んだ。


 どうだ、これなら誰も居ない!

 縁側で寝転んだら、縁の下に誰かが居るかもしれないけども!


『うしろのしょうめん だぁれ?』


 後ろの正面は地球! と言いたいところだけれど、外れたら洒落にならない。


 わらべ歌の『かごめかごめ』の歌詞には諸説ある。

 それは他愛もない子どもの遊びとは言い難い内容が込められていたりもする。


 囲め囲め、囲まれた鳥はいつ外に出られる? といったものや、籠女籠女、籠の中の鳥、つまりは女性はいつ外に出られる? という遊女を示しているもの、そして夜明けの晩に鶴と亀が滑る、鶴亀というおめでたい動物が滑る、不吉なことが起こるというのは、めでたく妊娠した女性が滑って転んで流産する、そして女性が滑ったのは誰かのせいで、女性の後ろの正面にいた犯人は誰か、という説。


 様々な謂れがあるけれど、瞬時に私の頭に浮かんだのは流産する、という説だった。

 かごめかごめの遊びでは、子供たちが輪になって鬼役の子の周りを歌いながら回転し、歌い終わった後に鬼役の子が自分の後ろにいるのは誰なのか当てる。


 私が子どもの頃にはしゃがんだまま当てずっぽうに誰がいるのか答えていたけれど、姪っ子の希来里ちゃんがお祖父ちゃんの家の庭で友達としていた時は少しだけルールが違っていた。

 鬼役の子は目を閉じたまま、背後の子の身体を弄り、誰か当てるのだ。

 地方地方によって歌い方も違うようで、滑った、を、つべったとも歌っていたように思う。


 今ここに現れて歌う『何か』はどのルールを以ってして私に歌っているのか。


 寝間着に滲み込む冷たい雪が、私の身体を凍えさせてゆく。



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