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「ちなみに聞くけど、須藤くんって色々と自覚あるの?」
「あるよ! 天然だって言われると結構傷付く」
「そこじゃなくて。そこじゃないのよ、須藤くん。学校祭。玉彦と須藤くんと、ついでに多門もお出掛け好きだから一緒に行くだろうし、そうなったら豹馬くんだって亜由美ちゃんを連れて行こうかなって思うでしょ? 自分の甥っ子なんだし、竜輝くんは」
「うん。そうだね。みんなで行ったら楽しいよね」
ニコニコと同意してくれる須藤くんに私もニコニコ顔になってしまい、そうじゃないと気を引き締めた。
「私や亜由美ちゃんはともかく! まぁ玉彦も豹馬くんも一応既婚者だから問題外として! 須藤くんと多門が行くと騒がしいことになるんじゃないの?」
「え? そう?」
結構直球で言ったつもりだけれど須藤くんには通じていないらしい。
私のお祖父ちゃんも良く言っているけれど、正武家に勤める将来有望な若い男性の稀人には五村のあちこちから縁談が舞い込んで来ていて、須藤くんは実家の玲子さんのところに、そして多門はちょくちょく遊びに行っている上守三郎宅がなぜか窓口になってしまっており、お見合い写真が選り取り見取りの入れ食い状態になっている。
高校生のお年頃の女の子たちからすれば、二十五歳位の男性は大人な感じがして近寄りがたいと普通は思いそうだけれど、五村では農家さんが多いので、同年代の男子は若いうちは仕事に手一杯で、二十代半ばの仕事に慣れてきた男性が嫁取りに積極な年代ということもあり、年下の女性と結婚することが多く、年齢が一回り以内の相手だったらアリという雰囲気があるので、須藤くんと多門が揃って学校祭に顔を出せばどういう事態になるのか大体の想像は出来る。
須藤くんはもう見た目が素敵過ぎるし、多門は冷めた印象が強いけれど何と言っても村外から来た男という謎のステイタスが魅力を無駄に割り増しさせている。
女の子からすれば、手を伸ばしても届かないテレビの向こうのアイドルよりも、頑張ればチャンスがありそうな相手が良いに決まっているし、普段接する機会の無い二人が学校祭に来ようものなら、女子高生以外のお年頃の女性も殺到すると思うのよね。
それは流石に大袈裟だと言われそうだけれど、なにぶん娯楽の少ない、そして出会いの少ない村々である。
転がっているチャンス、飛んで火にいる夏の虫な須藤くんと多門は学校祭の見学どころじゃなくなるだろう。
私が丁寧に説明をしてあげれば、須藤くんはそれは無い、と片手を振る。
「あるってば!」
「ないよ、ないない。面と向かって迫って来る勇気があるなら、皆見合い写真なんて実家に持ってこないよ」
「いや、だからそれはさ。本人が持って来てるんじゃなくって、親御さんが持って来てるんでしょうよ。実物に会える機会がないからせめてもの接点を作ろうとして」
「上守さん、深く考え過ぎだって」
あはは、と笑って席を立ち、再び台所に立った須藤くんだったが彼は後日、学校祭で多門と共に酷い目に遭うのだった。
夕餉の支度をする須藤くんを台所へ残し、私は部屋へと戻って、早々にお風呂に入り、お布団を敷き、一人で玉彦の文机に向かってぼーっとする。
今さらながら正武家屋敷って暇つぶしも何にもないな、と実感する。
小学二年生から父親の母屋からこちらの母屋へと居を移した玉彦は、だだっ広い母屋で一人、南天さんも滞在していた日もあっただろうが何をしていたんだろう。
テレビを観る習慣も無かったようだしスマホさえいじらない。
というか揺らぎのせいで電化製品は壊滅してしまう恐れがあったためにあえて避けていたのだろう。
そうするともうアナログなことしか出来なくて読書したり、暇だから教科書でも開いてみるかと勉強していたのかもしれない。
誰に強制されるでもない勉強をしていたから玉彦は成績が良かったんだなぁ。
などと考えていると、縁側の障子が風に揺れて私はハッと意識を戻した。
今朝に降った初雪は昼には既に溶けてしまっていたけれど、寒さだけは残していた。
日に日に冬へと向かう季節の変わり目は、なぜか私の気分を落としていく。
春から夏へだったらうきうきとするのにどうして秋から冬へはどんよりしやすいんだろう。
これっていわゆるマタニティブルーなのかな。
私ってば精神が結構図太い方だと思っていたから縁が無いことだと思っていたのに。
気を取り直して腰を上げ、障子を開けると既に外はすっかり日が落ちていた。
縁側には出ずに左右を見ると、日中稀人たちが慌ただしく動いて障子の外側に填めた雨戸が目に入った。
雪が積もる様になると、障子の部屋側にはガラス戸が登場する。
季節の移り変わりによって部屋と縁側を仕切る障子も一層から三層へと変わる。
当初お屋敷に住み始めた私は通山市で普通の一軒家に住んでいたから、正武家屋敷のような造りに疑問を持った覚えがある。
縁側があって、障子がある。その障子は指で突けば穴が開く普通の障子で、雨が降ったらどうするんだろうと。
お祖父ちゃんの家も縁側があるけれど、縁側の外側に雨戸がすぐにあった。
けれどお屋敷には雨戸が無く不思議だった。
そんな私の日常の疑問は南天さんが答えてくれた。
正武家屋敷は軒が大きく出ているので普通の雨風では吹き込まないそうだ。
言われて見れば確かに雨が降っても縁側に出られて濡れることはなかった。
母屋と離れを繋ぐ外廊下も同様だったけれど、廊下には雨戸を填めこむ仕様になっていないので前回の冬の時の様に大雪が降ったりすると大変なことになっていた。
少し肌寒さは感じるが雨戸の必要はないかな、と障子を閉めて背を向けると微かに、本当に微かに何かが聞こえた。
振り向いて薄暗い障子を凝視しながら耳を欹ててみても、もう聞こえない。
黒塀の向こうにある林で鳥が囀っただけだろう。
きっとそうだ。
だって小高い山の上にある正武家屋敷、しかも用がなければ村民は訪ねて来なく人気もない、そんなお屋敷の周りで歌声なんて聞こえるはずがない。