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本日の朝餉の席でいつも通りに確認された当主と次代の予定は、通常のお役目を午前中に済ませて、当主は午後からお泊りで藍染村の会合に参加し、玉彦は豹馬くんと多門を連れ立って外のお役目へと出向く。
往復の時間を考えると一泊してくるのが理想だけれど、玉彦は何が何でも帰ると言っていた。
そんなわけで午後から私は居残りとなった須藤くんと過ごしていた。
一人で部屋にいると悶々と悪いことばかり考えてしまいそうで、誰かと話していた方が気が紛れると思ったから。
台所で夕餉の準備をする須藤くんは多門から渡されている私の塩分控えめメニューと小さじに盛られた塩を睨めっこをして真剣に下ごしらえをしていて、料理をしているというよりも実験をしているように見えて少し微笑ましい。
手伝うよ、とは言ってみたものの、今日は二人分だけだからすぐに終わるし大丈夫とお断りをされてしまった。
確かに二人分だけど、私の分は余計な手間がかかるのにと思いきや、どうやら今夜は須藤くんも塩分控えめメニューを一緒に食べてくれるようである。
ダイニングテーブルに頬杖をつきながら須藤くんの背中を眺め、五年後、玉彦と私の子どもは彼のこの背中を父として成長していくのだろうと物思いに沈む。
須藤くんを始めとして豹馬くんや多門をお父さん、亜由美ちゃんをお母さんと呼ぶのだろうか。
本当の父や母である玉彦や私は生きているのに。
稀人の三人と亜由美ちゃんに子どもを託すと決めてから、実はそのことについて詳しく彼らと話合ったりはしていない。
今は私が無事に子どもたちを産むことが大事ということで、余計なことはひとまず考えない様にとの澄彦さんからのお達しもあってのことだったけれど、考えずにはいられない。
須藤くんはどう考えているのだろう。
正武家や五村のことは子どもに語ってはならない、近付いてもならないとのことだったけれど、幼いうちはまだ良い。
お屋敷から出てすぐだと両親である私たちのこともしっかり覚えているので、お仕事で会えないとでも言っておけば納得はきっとしてくれる。
でも小学生になって、周りのお友達と自分の家の家族の在り方が違うことに気が付いた時、どういう説明をするつもりなんだろう。
そもそも子どもの名字はどうするんだろう。
須藤くんと養子縁組をして変えなくてはならないんだろうか。
悶々と考えて段々と須藤くんの背中を睨んでしまっていたらしく、須藤くんは私の睨みがピークに達した時、殺気を感じたのかハッとして振り返った。
「どうしたの、上守さん。嫌いな食材でもあった?」
「え、ううん。ううん。大丈夫。ごめん、ごめん。ちょっと考え事してて。それにしても須藤くん、すごい反応良いわね」
「一応こう見えても稀人だからね」
包丁を片手に須藤くんははにかんで再び背を向けたけれど、私を放って置いたら何かを考え過ぎてしまうと思ったらしく、それまで無言でお料理をしていたのに気を遣って色々と話掛けてくれる。
玉彦のお見合いが無事に纏まって良かったことなど他愛もない話をしていると、そう言えば、と一旦手を止めて須藤くんはこちらを振り向いた。
「竜輝が美山高校の学校祭に来ませんかって言ってたよ。上守さん、行きたい?」
あぁ、もうそんな時期か、と高校生時代を思い出す。
高校二年生の時、豹馬くんと須藤くんに頼まれて学校祭まで高校に残ることを決めたんだっけ。
結局は玉彦の想いに応えてそのまま鈴白村で暮らすと決めたけれど。
あの時の学校祭時期の期間は本当に色々なことがあった。
思い返せば多門もちゃっかり居たし。
「行きたいのは山々だけど私が行くと、ほら。玉彦も一緒だからきっと無駄に皆気を遣う羽目になるわよ?」
せっかくの学校祭で盛り上がっているところにひょっこりと正武家の玉彦が顔を出せば、今回の学校祭に何かあるんじゃないかと思う人もいるだろう。
それに……。
「須藤くんって鋭いようで鈍感なところあるよねぇ」
呆れた態で私が言うと、須藤くんは目を丸くさせた。
「えっ!? 僕今、おかしいこと言った?」
眉根を寄せて考え込む須藤くんは、はっきり言って健康的で無意識な色気が無防備に駄々漏れである。
稀人としてキリリと佇む姿は五村の女性陣から絶大な支持を受けており、たまに澄彦さんや玉彦と共に他の村へ須藤くんが姿を現せば、滅多にお目に掛かれない須藤くんを見ようとする女性たちがこっそりと集まっていることを私は夏子さんの情報網によって知っている。
基本正武家屋敷からお役目以外では出歩かない家人や稀人に会える機会は少ない。
わざわざお屋敷へ一目でも会いたいと思って来てみても、ぐるりとある黒塀に阻まれるか、最大の難所である松梅コンビの鉄壁がある。
それに用もないのに正武家屋敷を訪れる村民は皆無だった。
むしろ触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに近付かない。
精々表門の石段前で手を合わせるくらいである。
「おかしいことっていうかさぁ~」
と、一つ言葉を区切ると、須藤くんは私の正面の椅子に座って神妙に頷く。
彼はたまに豹馬くんや多門に天然だと言われて、自分では全くそうは思っていなかったものだから、最近は自分が天然発言をしたらその場で指摘してもらって気を付けるようにした。と言っていたが、私からすれば「そういうとこ!」と声を大にして言いたい。
そして今、須藤くんはまさに私に向けて天然ぶりを発揮していた。




