第八章『流れ者』
鈴白村に初雪が降った十一月下旬。
朝餉が終わり、開け放った障子の向こうの初雪を眺めつつ三人で食後のお茶を啜っているときだった。
私は何とも言い難い感覚をお腹に感じた。
お腹が下ってゴロゴロするような、でも痛みは感じない奇妙な感覚である。
まさにお腹の中で何かが蠢く感覚に身体が硬直した。
「たっ、玉彦」
澄彦さんと今年は雪童が現れなければ良いなどと話していた玉彦の手を取り、お腹に当てる。
数分は蠢かなかったものの、ぐるりと動いた感触が手に伝わった玉彦は目を丸くさせた。
「動いているぞ!? 生まれるのか!?」
腰を浮かせた玉彦に澄彦さんと私がプッと吹き出す。
「胎動だろうが。まだ予定日は三か月以上先だろう」
澄彦さんに言われて玉彦は腰を落ち着け、私のお腹に両手を当てる。
けれどもうお腹は動かなくなってしまい、それでも玉彦は真剣な眼差しで粘り続ける。
視界一杯の玉彦を邪魔に思いつつ、私は首を伸ばして澄彦さんに話掛けた。
「玉彦の時は月子さんはどうだったんでしょう?」
「結構激しく動いてたよ。段々と落ち着いてきたら産まれた感じだね。成長してお腹の中で動ける大きさではなくなったからだろうね」
「やっぱりお腹に二人もいると動ける場所が狭くて動きにくいんですかねぇ」
「どうなんだろうね。でも一人ぼっちじゃないから寂しくなくていいんじゃないの?」
のほほんと余裕たっぷりに構える澄彦さんとは対照的に玉彦は動かないと心配をし始めて、私のお腹を軽く押したりし始めたので払いのけた。
自然に動くのは良いけれど外からの刺激で動かされるのは子どもたちにとってストレスが掛かると叱れば、しょんぼりと自分の座布団に戻る。
「ちなみに僕の場合はね」
「誰も聞いておらぬ」
玉彦は澄彦さんの言葉を遮り、分かり易くご機嫌が斜めになっていた。
それでもそんなことを物ともしない澄彦さんは若干玉彦に背中を向けて私に向き直った。
「僕の場合はね、十月十日で産まれなかったんだよ」
澄彦さんの母親は産後の肥立ちが悪く、出産から半年ほどで亡くなったと聞いていた。
なのであまりこういう話には触れないようにしていたんだけれど、当の澄彦さんから話を振られれば乗らない訳にもいかない。
変に話題を変えようとするのも気を遣っているのが見え見えで、逆に気を遣わせてしまうだろう。
「早産だったんですか?」
「逆逆。一年近く母の腹にしがみ付いてたんだよ。厳密には十一か月と十二日」
「えっ。長過ぎません?」
人間の妊娠期間は大体十月十日。
それを一か月半近くも上回れば母体の負担は大きかっただろう。
「長いよねぇ。流石の竹さんもかなり焦ったと言っていたよ」
「それで出産はお屋敷で? ってあれ。澄彦さんって新生児室でお父さんと隣同士だったって話じゃなかったでしたっけ?」
澄彦さんと私のお父さんの光一朗はその頃からずっと腐れ縁で、須藤くんのお母さんの玲子さんが確か前に言っていた記憶がある。
代々正武家では産屋で赤ちゃんは取り上げられると聞いていたのに。
「出産はここでだったんだけど、母の具合が悪くてね。彼女が入院したから乳を求めて僕も病院に行ったんだよ。そこでお隣さんだったのが光一朗。前日に産まれてた」
「へぇ~……。んんん?」
ちょっとした違和感に私が考え込むと、澄彦さんはニコニコして身体を楽し気に左右に揺らす。
私のお父さんの誕生日は四月二日朝だった。
澄彦さんは四月三日。
もし澄彦さんが予定日通りに産まれていたなら、二月の中旬になっていただろう。
そうすると、だ。
何が変わるのかというと、お父さんや玲子さんよりも澄彦さんは学校の学年が一つ上となり、同級生になることはなかった。
そうなると正武家の子供と同学年の子どもは普通に接するべしというしきたりは当てはまらなくなり、一線を置いた関係となっていたはずだ。
「澄彦さん、もしかして……?」
「いやぁ、五村の意志って凄いよねっ」
「凄いって言うかここまで来るともう執念を感じるんですけど」
五村の意志ではなく、正武家の都合の良いように周囲を変えてやるという五村の執念だと私は思う。
三人を同級生にしたいが為に澄彦さんの母親を犠牲にしたようなものだ。
もし澄彦さんが予定日に産まれていたならお父さんは早産となっていたのかもしれない。
でも玲子さんは秋口の産まれだったからそれはないのか。
私の場合は大丈夫なんだろうか。
誰にも話してはいないけれど、私が神守の眼で視た未来だと思われる景色には、豹馬くんと亜由美ちゃんの子どもがいた。
私の子どもと同じくらいの子が。
まだ亜由美ちゃんが妊娠したとは豹馬くんから聞いていない。
今妊娠が分かったとしたら、双子よりも一学年下になるだろう。
澄彦さんの予定日は二月で、私も二月と言われている。
成長が何となく遅く感じる子どもたちに何となく嫌な感じがしなくもない。
そして子どもの守護神となる火之迦具土神。
彼が産まれたことにより、母は命を落とすこととなった。
着実に私にとって不穏な駒が揃いつつあることを澄彦さんも玉彦も気が付いていないのだろうか。
初めて胎動を感じた嬉しい日なのに、私の気持ちは少しだけ沈んだ。




