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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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4



 本日のお役目が終了して夕餉も終わり、お風呂へと入った玉彦と私は少しだけ肌寒い縁側にて二人で毛布に包まりお月様を見上げていた。


 中秋の名月は過ぎて欠けていく月を眺めながら、玉彦は日本酒ではなく私と同じ白湯をちびちびと飲む。

 鈴白神社の夏祭り以降、玉彦は一切お酒を口にしていない。

 一生分の酒を呑んだ、とのことでしばらくは料理酒ですら見たくないと零す玉彦とは対照的に、澄彦さんは喉元過ぎれば熱さを忘れるを体現して、夏祭りの三日後には晩酌を再開させている。

 玉彦はそれを見て鳥頭め、と呆れていた。


「須藤くん。どうなったかなぁ」


「母親の介入で話は拗れていると豹馬から報告を受けている」


「玲子さん?」


「うむ」


「彼女の肩を持ってるの?」


「それが……どうやら違うようなのだ」


「じゃあ須藤くんの? 息子だから気持ちはわかるけど……」


 口籠る玉彦は私にどう説明したら良いのか眉を顰め、私はそんな玉彦を待ちつつ思う。


 たぶん、別れ話を切り出したのは話の流れからして須藤くんである。

 それに納得が出来なくて彼女はこんな田舎まで乗り込んできた。

 別れたい理由は須藤くんにあり、原因は……。

 拗らせている須藤くんの恋愛観を玲子さんが批難することはあっても、彼女を責めることはしないと思う。


「もしかして今回は須藤くんのマイルール以外の理由で別れた、のかな?」


 それこそ普通の彼氏彼女が別れの理由にする、好きな人が出来たとかもう相手の事を好きじゃなくなったとか。

 私が玉彦にそう言うと、私に感心したようにして頷いた。


「そうなのだ。さすが比和子である」


「いや、そんなことでさすがとか言われても。でもそういうので須藤くんが別れたく思うって相当よね。だって須藤くんって基本的に余程じゃないと女の人っていうか、人間を嫌いにならないでしょう?」


 思い返せば須藤くんは倒れた彼女を助け起こしたけれど、泣いている背中を摩ることさえしなかった。


「余程の事を女はやらかしたのだろう。どの道、須藤である。別れは目に見えていた」


「そんなのわかんないじゃん。今回の彼女はともかく、別れないで済む彼女がいつか現れるかもしれないでしょ。目に見えるとか、すんごく失礼」


「……俺は須藤にその様な女性が現れるとは思えぬが。なにせ須藤は……」


「須藤くんは?」


「……」


 私の顔をじっと見つめた玉彦は、視線を外してゆっくりと欠けゆく月を見上げる。


「……俺のことが大好き。ゆえ」


「……」


「……」


「……冗談、よね?」


「……うむ」


 何を言い出すのかと思ったら。

 そう云う冗談はもう少し時と場合を選んで言って欲しいものである。


「そろそろ寝よっか。明日もお役目、結構あったよね?」


「そうだな。身体を冷やしてはならぬゆえ」


 立ち上がった玉彦が二人の座布団を手に持ち、私は毛布に包まったままよっこらせと腰を上げる。

 夜空の月はまだぼんやりと輝き、薄く掛かった雲が透けて見える。

 やっぱりお屋敷から眺める月は近く見えるなぁと感じつつ視線を降ろして黒塀の瓦に目をやれば、である。


「うっ……わっ……。ちょっと玉彦、ねぇ玉彦。玉彦? 玉彦さん!?」


「なんだ。騒々しい」


 お布団を敷いてくれていた玉彦が私を毛布ごと抱き上げて、そして私が頑として顔を向ける方へと視線を流し、抱き上げていた腕の力が僅かに抜ける。


「なんだ……あれは」


 さすがの玉彦も絶句して、私と一緒に黒塀の上を凝視する。


 田舎の夜は月明かりのみが頼りで、今夜は満月でもなく明りに乏しい。

 そんな暗闇に浮かんでいるのは、黒塀から母屋を覗く女性の頬から上の頭部、だった。

 普通の人間サイズだったなら私も玉彦もこうも驚かない。

 いやまぁそもそも覗き見されていたら普通に驚く。犯罪だ。しかも正武家屋敷を覗こうなどとする人間がいることにも驚くだろう。

 玉彦さえ絶句したのには理由があって、見えている女性の顔は畳一枚分はある。ということは下も合わせれば二枚分はあるだろう。

 こんなにも巨大な頭部を持った人間がこの世にいるはずはない。

 頭が畳二枚分なら身体はもっと大きいはずで、六頭身だったとしても世界最大である。


 女性のぎょろりとした目は私たちに向けられ、瞬きさえしないものだから作り物にさえ見えた。

 でも私はあの顔を知っている。


「須藤くんの彼女だわ……」


 洗い髪なのかきっちり纏められていたシニヨンは崩されて濡れている。

 私を睨んでいた目は胡乱うろんで、顔はこちらに向けているものの焦点が合っていない。


「まったく……」


 玉彦は私を降ろすと縁側へと歩く。

 すると彼女はスッと顔を塀の向こうに下げてしまった。

 玉彦は裸足のまま庭へと降り、軽く跳躍して塀の瓦に手を掛け乗り越える。


「あっ……!」


 寝間着のままの玉彦の姿が向こう側に消えて、私は縁側の下に置いてある草履を引っ掛けて表門へと走った。

 私の身体能力が高ければ塀を越えて追い駆けられるけれど、普通はね、塀なんて乗り越えられないわけよ。

 表門から顔だけ出して玉彦が消えた方向を見ていると、サクサクと足音がして手ぶらの玉彦が戻って来る。




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