第一章『産土神の隠れ社』
中秋の名月があと数日のある日。
私と玉彦は朝から睨み合っていた。
昨日の夕方から続いている問答は、朝餉が終わっても継続中である。
玉彦も私もお互いに一歩も譲らず、平行線のままの問答に澄彦さんや稀人衆は最初こそ口を挟んできたものの、みんなも玉彦と同類だから! と私に言われて気まずそうに黙り込んだ。
玉彦は本日、お役目で豹馬くんと須藤くんを連れて村外へと出向く。
出掛ける支度を手伝いつつ、私の額には珍しく深い皺が刻まれる。
「『まっすぐ』帰って来てよ?」
「……」
「聞いてんの!?」
私のお願いに玉彦は黒い羽織を肩に掛けて背を向ける。
これはお願いは聞けません、という無言の意思表示である。
澄彦さんが外のお役目に出向く場合、多少の寄り道はする。
よくあるパターンは近場に温泉や銭湯があったとき。
そして玉彦の場合はほぼ寄り道はしない。
したとしてもどこかのお土産物屋さんに立ち寄る程度だった。
だがしかし、今月が始まって二週間、玉彦が外のお役目に出向いたのは二回。
このたった二回で、玉彦と稀人連中はとんでもないことを仕出かして帰って来ていた。
一回目はまぁ、私も喜んだ。
しかし二回目にはもう、呆れた。
一体彼らが何を仕出かして帰って来たのかというと、買い物、なのである。
大量のベビー用品二人分。
お揃いの色違いの御包みから始まり、肌着やおむつ、哺乳瓶、まだ生まれてもいないのにベビーシューズや幼児用の衣服。
二回目はそれらに加え、双子用のベビーカー、しかも縦並びと横並びバージョンの二台とベビーバス二つ。
お陰で私たちの隣の部屋の十畳間はベビー用品で埋まっていた。
三回目の今日は恐らくチャイルドシートでも買ってくるつもりでいるはずだ。
買い物をしてくるのはまだ良い。必要な物だから。でも限度はある。
そして私だって自分で選んで用意したいのだ。
玉彦が買ってきた物の中にはマタニティウェアもあって、確かに可愛らしいんだけれど、玉彦が私に着せたいものと私が着たいものには隔たりがある。
たった二回の買い物でここまで買い込んで来て、放っておいたら十回目には母屋の半分はベビーグッズに占拠されてしまうことが容易に想像できる。
無言のままの玉彦の後を追い、離れの玄関で豹馬くんと須藤くんと合流。
私は二人の持ち物をチェックして、余計なお金を没収した。
いつもなら二人は止める側になってくれるけれど、今回は止めるどころか一緒になって選んでいるから困りものだ。
「今日はお買い物しないで帰って来てね。それと、お役目を無事に終えられますように」
没収した札束を悪代官のように着物の袖にしまえばズシリと重い。
離れで帳簿を預かる松梅コンビ、そして那奈と高田くんには私から後で釘を刺しておかねば。
三人は顔を見合わせてからがっくりと肩を落として玄関を出る。
私は草履を引っ掛けて駐車場でお見送りをしてから、振り返る。
秋晴れの高い空に、裏門の黒が良く映える。
今日の天気予報では終日晴れだったから、お布団と座布団でも庭に干そう。
多門も腕がすっかり良くなったので、手伝ってくれるはずだ。
多門といえば私が双子を宿したと知ったその時から、色々とお世話をしてくれるようになった。
妊娠したと知った時はそうでもなかったのに、である。
食事はしっかり栄養を考えて、と私に二人分の食事をさせようとする玉彦や澄彦さんを叱り、お腹が大きくなって来たら痛くならないように今から竹婆に頼んで塗り薬を塗り込んでおけるように頼みに行ってくれたのも多門だった。
多門は自分も双子で、誕生と共に母親を亡くしてしまっていたので私に思うところがあるようだ。
父親的視点で玉彦に肩入れする豹馬くんや須藤くんと対になっているのが多門で、彼は私の意見を最大限に聞いて、駄目なところは遠慮なく指摘する。
まるで私の弟のようにシスコンぶりを発揮していた。
六年後、この五村を玉彦と私の子供を一人だけ連れて出て行くことになった稀人の三人は、八月のあの日から少しだけ変わって、でも全然変わっていない。
豹馬くんは亜由美ちゃんとしっかり話し合ったようで、翌日には出て行くことが決定した。
私と玉彦はそれを聞いてすぐに亜由美ちゃんに会いに行って、ひたすら頭を下げ続けた。
八年間、全く五村に帰って来られないのだ。
親が亡くなろうとも、子供が産まれようとも。
けれど亜由美ちゃんはいつものようにほんわかと笑って、色々と思うこともあるけれど、両親は八年放って置いてもお互いに仲良く何とかするだろうけど、豹馬くんを一人にしておけない、と言い切った。
親と引き離されることになる子どもも一人にしておけないし、何よりも男三人の手で育てられる子どもに不安しかないと苦笑いだった。
ついでに都会での生活も楽しみだと言ってくれて、昨晩は豹馬くんと都会での暮らしについての話の方が盛り上がったと教えてくれた。
八年の間、亜由美ちゃんの両親について全面的に正武家が責任を持つと玉彦は約束し、亜由美ちゃんは一度だけ頷いた。