(42)
再び目を覚ましたのは2日後だった。
私はあの後、ずっと眠り続けていたらしい。
傷はまだ痛かったけど、たっぷり眠ったおかげで体力はだいぶ回復し、ベッドに起き上がれるようになっていた。
私の左肩の痣はすっかり消えていた。剣で切られた傷があるだけ。思ったより深く刺してしまったようで、アレンは大きな傷跡が残ると凄く気に病んでいるが、私は全然気にしていない。肩の開いたドレスを着る予定もないし、全く問題ない。
アレンは、私の中にいた魔物が体の外に出てきたタイミングで、私と魔物を繋いでいた痣を切り付けた。私の体に穴を開けることで、魔物を体の中から完全に外に引っ張り出したのだ。
私の中にいた魔物は完全に消失した。
私が召喚してしまった小さな黒い魔物たちも、ほどなくクラーク殿下と騎士たちによって、処理されたのだそうだ。他にケガを負う学生もなく、被害はカフェテリアの破壊だけで済んだということだ。
イレーネ様は...正気を失ってしまい、魔法治療院の閉鎖病棟へ入院されたのだそう。そこで長期の治療を受けることになるが、長く闇魔法を操っていたため、完全な回復は難しそうだということだった。
イレーネ様の家庭は、昔ながらの厳格な貴族階級を重んじる伯爵家で、地位や権力を得るため、美しい一人娘のイレーネ様への期待も大きなものだったようだ。小さいころから令嬢としての教養や作法を徹底的に叩き込まれ、イレーネ様に自由はなかったそうだ。
そんなイレーネ様が、小さいころからの憧れと恋心に漬け込まれ、闇魔法に取り込まれてクラーク殿下の殺害に加担してしまったということだ。
考えてみれば、イレーネ様が今回の一番の被害者だ。
ほどなくして、イレーネ様をそそのかし、利用した犯人としてホフマン伯爵が息子と共に捕まった。
その日の夕方、アレンは1冊の古い本を持って部屋に来た。
私はあの日のキス以来、どういう顔でアレンに合えばいいのか分からず、戸惑っているのだけど....。
アレンは何事もなかったかのように、普段どおり振る舞っている。
人をこんなに混乱させてるくせに...。なんかちょっと腹が立つ。さすが日頃から女の子達に囲まれて、何食わぬ顔して笑顔で軽くあしらっているだけある...。アレンにとっては、あんなこと慣れっこなのかもしれないけど。
「キラ、ちょっと話をしよう。人に聞かれたくないから、結界と防音の魔法をかけるね。」
そう言ってアレンは、呪文を唱えると部屋の壁に魔法をかけた。
そして、ベッドサイドの椅子に座り、ベッドに腰かけた私と向き合った。
そして、まっすぐに私の目を見て話し始める。
「キラ、本当のことを教えて。」
「本当のこと?」
「そう---君は.....夢で未来が見えるんだね?」
「!」
突然のことに驚き、黙り込んでしまった。
アレンは静かな口調で続けた。
「心配しないで。僕しか知らない...。ずっとキラには何か秘密があると思ってた。やっと確信した。そうだろ?」
「.......」
私は、恐る恐る頷いた。
「今回のことも、ダンスパーティーの時も、マリアンヌ嬢を追いかけて行った時も、....全部何が起こるか知ってたんだね。」
「...うん...アレン、私...」
私はどう答えたらいいのか分からず、混乱して目を泳がせた。心臓がバクバクして小刻みに体が震えだす。
アレンは黙って私が何か言うのを待っていたけど、私は黙り込んだままで...。
暫くの沈黙のあと、アレンは私の体を引き寄せ、背中に手を回して優しく抱き締めた。
「キラ、ごめんね。早く気づけなくて..。キラはずっと一人で戦ってたのに..。不安だったよね..。」
「...アレン、私のこと..気味が悪い..よね..」
「そんなこと、絶対ない!」
アレンは私の背中に腕を回したまま首を振った。
「キラのことは、例え魔物に侵されてしまったとしても、大好きだよ。何があっても絶対にひとりにしない!」
アレンの力強い言葉に思わずポロリと涙がこぼれ落ちる。
今まで意識していなかったけれど、何か張りつめたものが、緩んでいくような気がした。
「これを見て。」
アレンは腕を離すと、持ってきた古い本を私に見せた。古語で書かれた古い伝記のようだ。
「王宮図書館の禁書をクラークが持ち出してくれたものだ。800年前にいた赤い瞳の魔女と呼ばれていた人について書かれている。」
「赤い瞳?!」
「ああ、これによると魔女は夢のお告げにより、災いを予言していたそうだ。」
「!」
「彼女の予言は多くの場合、災害や事故から人々を救った。始めのうちは、人々は彼女を救世主として親しみ敬っていたようだ。でも、次第に彼女の存在を疎ましく思ったり、利用しようとする者が現れるようになった。
ある頃から、彼女自身が災いをもたらしているのだとする噂が流れ始め...、彼女は追い詰められていった。
最後はその噂を信じた当時の王室によって、魔女は処刑されている。」
「そんな...」
「後に彼女の無実は証明されたが、人々を災いから救っていた魔女を冤罪で処刑したという事実は王国の汚点とされ、魔女の存在とともに王室によって歴史から抹消されたようだ。」
「.....」
「キラ....、君が誰にもこのことを話さなかったのは、正しい判断だったと思う。人は未知のものや自分達と違う存在を怖れるものだから..。
キラ、これからは、僕にも君の背負っている運命を負わせてほしい。
僕も君と一緒に夢で告げられた未来と戦う。
だから...ずっとキラの側にいさせて。」
初めて知る事実に驚くのと同時に、アレンがずっと私の知りたかったこと....私のような人が他にもいたことを調べてくれていたことが信じられなかった。
ずっとひとりで抱えていた拠り所のない思いが、ふっと軽くなっていくようで、止めどなく涙があふれてきて、伝えたい言葉が見つからない。
「この本によるとね。予知夢を見る能力も魔法の一種なんだって。未来を見ることには多くの魔力を消費するから、当時の魔女にも魔力はなかったそうだ。
キラに魔力がないのも、きっとそのせいだね。」
「....アレン、ありがとう。私、ずっとアレンと一緒にいちゃいけないと思ってて...アレンのこと..とても大切で...でも..怖かった..。私、アレンと一緒にいて、いいのかな..?」
アレンは静かに微笑むと、私の手を取りベッドの横に跪いた。
「キラ、僕と正式な婚約を結んで欲しい。今はまだ学生だけど、卒業したら結婚しよう。」
「..うん...」
私は多分、涙と鼻水でぐちゃぐちゃで酷い顔をしていたと思うんだけど、アレンはベッドの端に腰掛けて、私の体をそっと引き寄せた。
アレンの唇が私の唇に重なり、ゆっくり吸い上げられる。何度もチュッと音を立てて唇を吸われた後、少し開いた唇の隙間から、熱い舌が入ってきた。次第に深く入ってきて舌を丁寧に舐めまわされ、吐息も唾液も全て逃すまいとからめ取り吸われる。私は、だんだん脳の奥が痺れるように熱くなってきた。
あまりに強く唇を吸われて、私は、うまく息ができず苦しくなって、逃れようともがいたけど、ガッチリ頭を押さえられた。
すると今度は、アレンの手が私の背中や腰を怪しく撫で始めた。ゾクゾクする感じに堪らず体をよじる。
「んぅっ!」
アレンの匂いに包まれて優しく撫でられるこの感覚....前にも覚えがある...。
「ちょっ..ちょっと待って..」
アレンの胸を両手で力いっぱいぐっと押しやると、アレンはようやく離してくれた。濡れた青い瞳が熱を帯び、私を見つめていた。
「アレン..あの..あの時の魔手の魔法って..?」
アレンは一瞬気まずそうな顔をした後、悪戯がばれた少年のような顔でニヤッと笑う。
「バレちゃった?そうだよ。あの時も魔法でこうやってキラを抱いてた...。でも....ずっと直接キラに触れたいと思ってた..。」
「!!!」
アレンはズイッと顔を近づけ、ジリジリとベッドに上がってきた。私は、思わず後ずさる。
「キラ、僕のことを全部受け入れるって言ってくれたよね?」
アレンは妖艶に笑って、射抜くように私を見つめた。
「..えっ?...いや..」
「嘘だった?」
「..嘘?..じゃない..けど..」
----違う!…嘘じゃないけど...違う!
心の中で叫んでみるが、私は、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなり、そのままベッドに押し倒されてしまった。
「僕は、キラを逃がすつもりはないって言ったでしょ。」
「ひぃっ...!ちょっ...ちょっと待って!!」
アレンは私にのしかかり、ニヤリと笑う。
獲物を追い詰めたような、獣の瞳。深いブルーの瞳の奥がギラリと光った気がした。
私は、悟った....。
----あぁっ駄目だ!これ、夢で見てたやつ...もう回避できない...
それから、アレンは私のことをたっぷりと時間をかけて撫でまわし、弄び、じっくりと味わった。
まるで小動物を捕まえて、弄んで楽しむ冷酷な獣のように。
たまらず逃れようとすると押さえ込まれ、舐められ甘噛みされ....そうやって何度も何度も襲われ、愛撫され、私は、最後に意識を失った。
翌朝目が覚めた時には、身動きできないほど消耗していた。身体中が気だるく重たい。
魔物が体から抜けて、やっと回復していたはずなのに....。
再び動けなくなった私を見て、アレンはものすごく焦っていた。今まで見たことないくらいオロオロしている。
「キラ...、ごめん...つい夢中になって....ここまでするつもりは...僕、キラが相手だと、ちょっと..危ないスイッチが入るみたいで...。理性が..。」
「... 私、待ってって言ったのに..」
なんだかあまりに恥ずかしくて、腹が立って、ポロッと涙がこぼれてきた。
私はプイッとそっぽを向いた。
----いつも、私ばかりを翻弄して、涼しい顔して...。ちょっとくらい困ってればいいのよ!
「あぁ..キラ、そんな顔されたら.....また襲いたくなる...」
アレンは両手で顔を覆って悶絶している。
----なんか、コワイこと言ってる...
でもシュンとなって、オロオロしながら私の様子を窺い、機嫌を取ろうとするアレンが本当に可愛らしくて、最後は吹き出してしまった。
結局、私はアレンのことは何でも受け入れてしまうのだ。




