(41)
夢を見ていた。
私は、深い海の底に沈み漂っていた。静寂の中、目の前に青い世界が広がっていた。温かい水に包まれ、その流れに身を任せるまま、ゆらゆらと揺らされて心地がいい。すごく穏やかな気持ちだった。瞼を閉じ、このままここで、すべての意識を放棄してもいいと思った。
その時、誰かが私を呼ぶ声が聞こえた気がした。
ゆっくり目を開けると、遠くの頭上にキラキラと揺れる水面が見えた。
美しい光が絶え間なく瞬き漂っている。
声はそっちから聞こえてきていた。
----行かなくちゃ...
私は、まどろむ意識を奮い起こし、ゆっくりと重い体を動かした。自分の体なのに、まるで糸の絡まったマリオネットを操っているみたいに思い通りに動かない。
それでも何とか手足をバタつかせ、頭上の光を目指して泳ぎ始めた。
ゆっくりと浮上していく‐‐‐。
目を覚ました時、アレンの部屋にいた。まだ頭がぼんやりしていて、体が鉛のように重い。
----私...生きてる...?
部屋は薄暗い。真夜中だろうか?
ベッドサイドの明かりだけが小さく灯っているようだ。
私は周囲を見わたそうと、ゆっくりと首を動かしてみた。
そして、ベッドの横に座って眠っているアレンに気がついた。
アレンは椅子に座ったまま、ベッドの端に頭をうつ伏せ、静かな寝息を立てて眠っていた。無防備な寝顔が可愛い。ずっと、こうやって側にいてくれたんだろう。
私は、生きていることをじんわりと実感し、温かいものが胸に溢れる。
----魔物はどうなったんだろう..?
左肩を確認しようと体を動かした時、ズキンと強い痛みが体を走った。
「うぅっ!」
思わず声をあげ、体をよじった振動でアレンが目を覚ましてしまった。
アレンはハッと飛び起き、私を見てそっと手を握った。
「キラ...!良かった...僕のこと分かる?」
薄闇の中で、私を見つめる瞳の濃い青が揺らめいていた。
「アレン...」
「良かった....!」
アレンは私に覆いかぶさり、ギュウギュウと抱きしめた。
私を抱きしめる手が少し震えている。
「魔物に侵されてたら....目覚めなかったらどうしようかと...」
耳元でアレンの絞り出すような声を聞いて、堪らず胸が熱くなった。
長い間、恐れていた悪夢...
もう大丈夫なんだ..という安堵が胸に広がり、涙がこみ上げてくる。
でもアレンがあまりに強く抱きしめるものだから、左肩がズキンと痛んだ。
「アレン....痛い...」
「ごめん!」
アレンは慌てて腕を離した。
そして、スルリと私の夜着の袖をまくりあげ、包帯の巻かれた左肩を出した。
「ごめんね。キラの中に入った魔物をキラから切り離すために、体に傷を付ける必要があったんだ...。魔物がキラの体から出てくるのを待って、切り離そうと思っていた。
…僕がキラを切りつけた。僕のせいで、キラの綺麗な体が...傷だらけだ....。」
「こんなの...、なんてことない..。ありがとう、アレン。私、、ずっと...。」
いろんな事が頭の中をぐるぐる回って、何から話せばいいのか、何を伝えればいいのか分からなくなって、私は言葉をつぐんだ。
「キラ、明日ゆっくり話そう...。」
アレンはそう言って、私の左肩にそっとキスをした。何度も優しくキスを落とされ、スッと痛みが消えていく。
痛み止めの魔法を終えると、アレンは私の顔を覗き込んだ。
「昨日の今日だから、まだ体が辛いだろう?もう一度、眠った方がいい...。」
ふいにアレンの顔が近づいてきて、アレンの薄い唇が私の唇に押し当てられた。
突然、押し付けられた柔らかな感触に驚いて顔を背けようとした私の頬を、アレンは両手で包むように押さえ込み、優しく唇をチュッと吸い上げる。
そして、ためらいがちに何度か私の唇を吸ったあと、名残惜しそうに唇を離した。
固まる私の顔を見て、アレンは可笑しそうに目を細めニッと笑った。
そして、私の額をトンと指で突く。
「ゆっくりお休み...」
私は、突然の出来事に、頭の中で処理できないまま深い眠りに落ちていった。
----しまった...。私、生き延びた後のこと...、考えたこともなかった...。




