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私がイレーネ様に連れられて来たのは、食堂棟の2階のカフェテリアだった。
カフェテリアには、クラーク殿下と同じ学年と思われる学生達が集まって、ザワザワと歓談していて、あちこちから楽しそうな笑い声が聞こえてきた。学年別のお茶会が催されているようだった。
学生達はおしゃべりに夢中で、誰もイレーネ様と私が会場に入って来たことに気づいていない。
イレーネ様は私を連れて学生達の間をすり抜けながら、ズンズンと会場の中心辺りへと進んだ。
イレーネ様の向かった先には、クラーク殿下と殿下を取り巻く女子学生達の輪があった。私達が近づくと、クラーク殿下が視線を上げ、イレーネ様と私に気が付いた。
殿下は私を見て驚いたように目を見開くと、学生を掻き分け駆け寄ってきた。
「キラ嬢!?どうしてここに?アレンは一緒じゃないのか?」
----私に近づいては駄目!!
「・・・・!」
必死で殿下を制止しようとするが、声が出ない。クラーク殿下に危険を知らせようと、私はなんとか目で訴えようと、殿下に視線を送った。
クラーク殿下は私の異変を感じたのか、訝しげな表情を見せ足を止めた。
イレーネ様が儚げな声でクラーク殿下に歩み寄る。
「クラーク殿下、キラさんが...近くをフラフラと歩いていたので、連れてきたのです。どこか様子がおかしくて..。」
そして、私の手を取り、ぐいっとクラーク殿下の前に私を押し出した。
—-嫌だ!止めて!!
クラーク殿下が私の様子を確認しようと、顔を覗き込んだ時、イレーネ様の手からピリッと何かの魔法が流れてきた。
すると、私の口は勝手に何かの呪文を唱え始めた。
—-駄目!皆、逃げて!!
突然、激しい風が私の周りに渦を巻いて吹き荒れた。
そして、そこから黒い無数の小さな塊が飛び出してきた。魔物だ。
「「きゃぁぁぁっ!!」」
カフェテリアのホールに学生達の叫び声が響いた。学生達は、我先にと逃げ惑い、カフェテリアの中が騒然となった。
飛び出してきた小さな魔物たちはホールの中を縦横無尽に飛び回り、学生達に襲い掛かる。あちこちで窓ガラスや食器が割れる音が響いた。
「キラさん!あなた...何てことを!!」
イレーネ様は床に座り込み、私を見て涙を流しながら叫んだ。
穢れのない清らかなイレーネ様の涙。それを見て私の中の黒い塊がゾワッと騒ぎ出す。
クラーク殿下の護衛騎士たちが剣を抜き、飛び出してきた小さな魔物達を切り付ける。
「キラ嬢には手を出すな!」
クラーク殿下はそう叫びながら、自身も剣を抜き魔物達と対峙していた。
私の中の黒い塊は、一層力を強め膨らんできて、だんだん私は意識が薄れてきていた。すると、左肩の痣から黒いモヤのような物が溢れでてきて、私の体を包み始めた。黒い塊は私の体と心を乗っ取り、クラーク殿下に襲い掛かろうとしていた。
----嫌だ!乗っ取られたくない!!
私は、必死で抵抗する。自分を保とうと気持ちを奮い立たせる。
その時、左手がスカートの中に隠し持っていたロイド兄様の剣に触れた。お兄様の守護魔法が掛けられた剣....。
私は、藁をも掴む気持ちでスカートの上から剣を握りしめた。剣からわずかな熱を感じる。
----少しだけ、体が動く!
濃い霧が風に流され晴れていくように、意識が少しクリアになった。
黒いモヤに包まれ操られそうになる体を、私自身の意思で動かそうと抵抗する。
ふと、イレーネ様を見ると床に座り込んだまま、苦し気な表情で悶えていた。闇魔法はその目的を果たせなければ、術者に魔法が跳ね返ると言う。私が抵抗すれば、イレーネ様に影響が出るのだろう。
私は渾身の力を込めて、右手を動かした。そして、右手に握りしめた小瓶の蓋を指で回す。外れた蓋がカチンと音を立てて床に転がった
私は、小瓶をゆっくりと持ち上げた。
人に取り憑いた魔物を殺す方法...。宿主が死ねば....取り憑いた魔物も死ぬ...。
震える手で、小瓶を口元に押し当てる。
「駄目だ!!キラ、止めろーっ!」
突然、目の前にアレンが飛び込んできた。同時にアレンは、私の右手を力いっぱい払いのけた。
手から小瓶が弾き飛ばされ、床に落ちて砕ける。私は、その衝撃でそのまま仰向けに倒れた。
アレンはそのまま私に馬乗りになった。
そして、両手で剣を振り上げる。
----アレン、ごめんね...。
不思議なくらい、穏やかな気持ちでこの時を迎えた。怖いことは何もない。アレンが選んだことなら、私は全部受け入れる..。
アレンが剣を振り下ろす。
衝撃と共に私の体から血が吹き出すのが見えた。
私のものか魔物のものか分からない、凄まじい叫び声が響いた。
焼け付くような痛みが左肩に走った。
私の左肩から、黒い煙が吹き出し、ジュウジュウと音を立てている。体が焼けるように熱く、ビクビクと大きく痙攣する。
朦朧とした意識の中で、むせび泣くようなアレンの悲痛な声を聞いた。
「キラ、駄目だ...お願い!戻ってきて....お願い..」




