(39)
新学期が始まり、10日ほど過ぎた。キラは毎日授業に出ているが、特に変わった様子は見られない。キラの中のあれも、再び動き出す気配はない。
キラは僕の部屋と教室を行き来する毎日。マリアンヌ嬢たちが、キラの気を紛らわせようと頑張ってくれている。
でもキラが、心から楽しそうに笑うことが少なくなった。
キラは何も言わないが、かなり精神的にも参ってきているように感じている。
その日の放課後は、僕たちの学年イベントのお茶会が開催されていた。
クラークはイベントに参加していたが、僕は欠席し、キラを迎えに研究科の教室に向かっていた。
学生の姿がなく、やけに静かな放課後だったが、食堂棟でイベントが行われているせいだと気にしなかった。
いつもより迎えの時間が遅れていたため、僕は早足で中庭を通り抜けようとしていた。
ふと、前方を見るとひとりの女子学生が地べたに座り込んでいた。よく見ると怪我をしているようだ。
黙って通り過ぎる訳にもいかず、僕は女子学生に声をかけた。
「君、どうかしましたか?」
女子学生は、声をかけたのが僕だと分かると緊張したように顔を赤くする。
「あ...アレスフォード様...さっき、何かが飛び出してきて、転んでしまったのです。少し足を痛めたみたいで...。」
彼女はいつもイレーネ譲と一緒にいる取り巻きの女子学生のひとりだった。
足を確認すると、軽く挫いたようで少し腫れているようだった。
間の悪いことに他に人通りはなく、彼女のことを頼める人が見当たらない。
僕は急いで彼女の足に痛み止めの魔法をかけた。
そのまま、一人で医務室に行ってもらおうかとも思ったが、何かが飛び出してきたという彼女の言葉が気になった。こんな所に動物が出てくることも考えにくい。このまま一人で行かせるのは気が引けた。
僕は、意識を集中して、追跡魔法をかけていたキラのネックレスの位置を確認した。キラは、ちゃんと教室で待っているようだ。
----仕方がない...。
「医務室まで送ろう。」
僕は女子学生と一緒に医務室へと歩き始めた。
女子学生は、もう足の痛みはないはずなのだが、恐ろしく歩くのが遅い。普通の貴族令嬢はこんなものなんだろうか。普段、活発なキラと一緒に歩くことに慣れているので、正直ノロノロとしたスピードにイラッとしてくる。
彼女は歩きながら、しきりに僕に何かを話していたが、キラのことが気が気でない僕は、ほとんど耳に入らず、適当に相づちを返していた。
医務室に着く手前で、ようやく学生の姿を見つけた。
キラの友人のショーンだった。
僕はショーンを呼び止め、簡単な経緯を説明し、女子学生を医務室で見てもらうよう頼んだ。
ショーンは、僕に声をかけられたことで、酷く動揺している様子だったが、事情をしると快く引き受けてくれた。
初めて彼のことをいい奴だと思った。
----すっかり遅くなってしまった..。
僕は、キラの教室に向かって駆け出した。
大丈夫、ネックレスの位置はまだ教室の中を示している。
「キラ!遅くなってゴメン!」
僕は、勢いよく教室のドアを開けた。
そこにキラの姿はなかった..。
どくんと心臓が大きな音をたてた。何故だ!
グルっと教室を見渡す。教室の隅で床の上に光る物が落ちているのに気がつき、駆け寄り拾い上げる。
キラのネックレスだ。
----やられたっ!!
ネックレスの魔法を過信していた自分に腹が立つ。
キラはどこだ!?無事なのか?
奴の狙いは何だ....
急がなければ、キラが魔物に乗っ取られてしまう..
奴らが最終的に狙っているのはクラークだ。キラはただの駒にすぎないだろう...。
だとすると、クラークの所か?
僕は、教室を飛び出した。




