(3)
マリアに言われたとおり、お茶の時間までに屋敷に戻ってきた私は、さっそく見てきたことをマリアに報告していた。
「-----でね。親ガモの後ろをちっちゃい雛達が、こうやってぷりぷり歩いててね~。スッゴく可愛いかったんだよ!一番ちっちゃい子が、ちょっとどんくさくてね~。」
楽しそうに話す私にマリアも目を細めながら答える。
「まあ、本当に?素敵ですね。私も是非見てみたいですわ...あらっ!」
そう言ってマリアは私の顔を覗きこむ。
「ふふふっ。嫌だわ。お嬢様、そのお顔!泥が付いていますよ。」
マリアはすぐに濡らしたタオルを持ってきて、私の前に屈みこみ、可笑しそうに笑いながら私の頬をそっと拭いてくれた。
「まったく..。伯爵家のご令嬢なのに。こんなお転婆なご令嬢は、キラ様くらいですよ!ふふふっ。」
マリアは、お小言を言いながらも楽しそうに笑う。
その光景を見て私はドキリとした。
------いけない...!
そして私は少し考えて、マリアに告げた。
「マリア、私、大急ぎで帰ってきたからすごく暑いの。汗かいちゃった。お茶は冷たいものを用意してくれる?」
「ふふふっ。分かりましたわ。じゃあすぐに準備しますね。テラスの方にお持ちしてよろしいですか?」
「ええ、お願い。」
私が庭に面した日当たりの良いテラスに移動し、待っているとマリアがワゴンを押して戻ってきた。ワゴンには、私の大好物のリンゴタルトと冷やされたティーポットとカップが載せられている。
そして、マリアがテーブルにお茶をセットしようとしたその時.....
「キャッ!!」
ガッチャーン とティーポットが派手に割れる音が響き、マリアが膝をついて倒れた。
マリアは手に持っていたティーポットのお茶をたっぷりとかぶり、
「きゃぁっ、冷たいっ!」
と慌てている。
テーブルの脚に躓いてしまったのだ。
「マリア!大丈夫?!」
「キラお嬢様、大丈夫です。申し訳ございません!お茶が掛からなかったですか?」
「私は大丈夫よ。あははっ。マリアって意外とおっちょこちょいね!」
「いやだ、恥ずかしい....」
びしょびしょのままティーポットを片付けようとするマリアに、私は、
「風邪を引くから、早く着替えに行った方がいいよ。」
と促した。マリアは、
「じゃあ他の者を呼んできますね。」
と言って足早にテラスから出ていった。
その後姿を見送り、私はほっと胸をなでおろした。
----ふ~、よかった。上手く回避できたわ。
本当なら、マリアは熱いお茶をかぶって大きな火傷をしてしまうところだった。
私はそうなることを知っていた。
それを回避するため、私はマリアに冷たいお茶に代えるようお願いしていたのだ。
そう。
私は未来を見ることができる。
正確に言えば、未来に起こることを夢で見ることができる。
予知夢。魔力を持たない私のたったひとつの能力といえるだろうか。
物心付いた頃から、そのような夢を見ていた。夢の内容は、だいたいいつも良くないことばかり。ちょっとした些細なできごとから、重大な事件まで様々。
「あのね。もうすぐたっくさん雨が降るよ。たくさん降りすぎて川から水が溢れちゃうの。だから、雨の時は川に近づいたら危ないんだよ。」
私がそう言った年の夏にヒースリィ州で、大雨が降り洪水による災害が発生した。
また別の時には、
「近ごろ黒馬の機嫌が悪いみたい。暴れん坊になってる!」
と私が言い出し、その後、馬舎で馬の世話をしていた従者が馬に蹴られて怪我をした。
使用人達は、私が不吉な出来事を招いているのではないか、やはり悪魔の子ではないかと噂し、気味悪がるようになった。
幼い時は訳も分からず、私は大人達に無邪気に夢の話をしていた。
でも、そうした大人の反応を見て、私は悟った。
これは、異常なことなんだと。
夢の話は誰にも言ってはいけないんだと。
それから、私は誰にも夢の話をしなくなった。
何も言わなくなった私を見て、大人達は、あれはただの偶然、幼い子どもの戯言だったと考えるようになった。
やがて、大人達は、そのようなことがあったことも忘れてしまったようだ。
それでも夢は見続けている。
むしろ、成長とともに頻繁に見るようになったと思う。
予知夢を見ているときは、何の音も聞こえない。話している言葉も分からない。ただ無声映画のコマまわしのように映像が流れているだけ。
だから、ああ、これは予知夢だと分かる。
ただ、その夢の出来事が、いつ起きるのかは分からない。
数日後なのか、数年後なのか。
何がきっかけで起きるのかも。
だから、今回のように夢で見た出来事が起きる前に、これから起こることに気づいた時は、それを回避できることもある。
でも、多くの場合は、何かが起こった後に夢で見た出来事だったと気づく。ただ私は、それを知っていたのに..と思い知らされるだけ。
なんて役に立たない能力...。
何のためにあるのか。
ただただ良くない未来を予言するだけ。
私は夢で見た出来事が現実に起こるのをただ黙って見ているだけ....。




