(35)
翌朝目が覚めた時、知らない部屋のベッドで寝ていることに気づいた。ここは、どこだったっけ..。
鈍い頭を叩き起こすように頭を振って、おぼろ気な記憶を手繰る。
----そうだ。アレンの部屋に居たんだ。
ハッと全てを思い出して、衣服の袖をめくって左肩を確認した。そこには、黒々とした痣が張り付いていた。
アレンは、これを闇魔法の残骸の欠片だと言った。それが、どういう物なのか、よく分からないが、それが私の中に入り込んでいると。
—私は、どうなるのだろう...
不安な気持ちを振り払うように大きく息を吐き、まくり上げた袖を戻そうとして、ふと自分が夜着を着ていることに気が付いた。よく見ると、昨日は森で黒い影と対峙し汗と泥にまみれていたはずなのに、体も綺麗に清められているみたい...。
—-あれっ?いったい誰が....
その時、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「キラ、起きた?入るよ?」
アレンだ。
「ええ、起きてるわ。」
私は、急いで近くに置かれていたガウンを羽織り、ベッドから脚を下ろした。
アレンは部屋に入って来ると、立ち上がろうとしている私を手で制して、ベッドの脇にあった椅子に腰掛けた。
私は、そのままベッドに腰かける。
「キラ、気分はどう?痛いところはない?」
「大丈夫よ。何ともないわ。」
「良かった..。」
アレンは安心したように柔らかく微笑む。
「アレン、ここはアレンの寝室?」
「うん、そう。」
アレンは穏やかな表情で私を見ている。
「ごめんなさい。私、アレンのベッド占領しちゃってたのね..。」
「気にしないで。僕は、夜営の訓練で慣れてるから、どこでも寝れる。隣の部屋のソファで十分。それに...キラには当分の間、ここにいてもらうことになったから。」
「....ここに!?」
「ああ。」
アレンは静かな口調で、でも強い目で私を見つめ、きっぱりと告げた。
「悪いけどしばらく君をここに閉じ込める。クラークと相談して、それが一番安全だと判断したんだ。昨日話したことを覚えてる?キラの中には、闇魔法の残骸が入り込んでいる。今後、そいつがどんな影響を及ぼすのか分からないんだ。もしかしたら他の人にも、何か害を及ぼすことがあるかもしれない。だから....キラには僕の監視下にいてもらう。」
アレンの深い青の瞳が、私に拒否する選択肢は与えられていないと語っていた。
「分かったわ..。」
正直、アレンの部屋にずっと居るなんて伯爵令嬢として、いや..、そうでなくても女性として、どうなんだと思う。
でも、私の中に入り込んだ物が誰かを傷つけるかもしれないと言われると...。
いいようのない不安に押し潰されそうになる。
—--いっそのこと、どこかの牢にでも入れてもらった方が気が楽なのに...
私の返事に安心したように、アレンは小さく頷き、続けた。
「キラはこの部屋を使って。奥に化粧室とバスルームもあるから、そこもキラが使うといい。僕は隣の部屋にいる。ずっとという訳にはいかないけど。王宮の仕事も自室で出来るよう配慮してもらったから、出来るだけ隣の部屋にいるよ。ただ...僕が一緒でなければ、誰もこの部屋には入れない。もちろん、ニーナもね。」
「分かった...大丈夫よ。ごめんね...アレン。また迷惑かけちゃうね...」
「迷惑なんかじゃない。前にも言ったけど...僕は嬉しいよ。ずっとキラと一緒にいられて。」
涼しい顔でニッと笑ってアレンは立ち上がった。
「朝食を準備してもらってくる。シャワーでも浴びておくといい。昨日はそのまま眠ってしまったから...。そうだ、今着てる服は、ニーナが着替えさせてくれたからね。安心して。」
それから私は毎日ずっとアレンの部屋に籠って過ごした。
アレンは、私が退屈しないように沢山の本を持って来てくれた。アレンに仕事がない限り、いつもアレンと一緒に食事をとり、いつもと同じように他愛のない話をした。私が不安にならないようにしているのだと思う。
毎日、就寝前に魔手を使った魔法を試した。
私の中の黒い塊は、アレンの魔手が近づくとスルスルと逃げ回った。そして最後はどこかに隠れてしまう。
その度に体の中を掻き回されるような気持ち悪さを感じ、気分が悪くなる。
あれは何なのか。
私は、どうなっているのか。
アレンは何も言わないけど、私もずっと自分で魔法や歴史について調べていたから、思い当たることがある。
多分....私は魔物に取り憑かれたのだろう。
魔物は普通、魔力のある人間にしか取り憑かない。なのに何故私に取り憑いたのかは、分からない。
でも、こうやって私を部屋に閉じ込めなければならないということは、そういうことなのだろう。
魔物に取り憑かれた人間は、やがて魔物にその心を乗っ取られてしまう。
うまく魔物を引き離すことができればよいが、それはとても難しいと言われている。
そして、もし引き離すことができなければ、取り憑いた魔物を殺す方法はひとつ。取り憑かれた人間を殺すしかない。宿主が死ねば....、魔物も死ぬ...。
きっと....だから、私は、アレンに殺される。
アレンが今、私のために何とかしようと奮闘してくれていることは本当に嬉しい。
だから私は....その時が来たら、この運命を受け入れようと思った。
できることなら、アレンに私を殺すという重い役割を押し付けたくないのだけど...。




