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アレンに手を引かれ、王族専用のロイヤル棟に入ると、階段を上がってすぐの2階の一室に連れて行かれた。その部屋は誰かの書斎のようで、部屋の一角に置かれたデスクの上には、たくさんの書類が積まれていた。書斎の奥には、隣の部屋に続く扉があった。


「ここは?」

「僕の部屋だ。」

「アレンの部屋?アレン、学生寮に部屋があるんじゃないの?」

「僕はクラークを補佐する為にクラークの近くに部屋を与えられているんだ。」


アレンは私をソファに座らせると、部屋の壁の方へ行き、呪文を唱えながら部屋の壁や天井などに魔法の結界をかけ始めた。キラキラ輝く幕が壁や天井を覆い、やがて壁に吸い込まれるように見えなくなっていく。部屋中に結界を隙間なくかけ終わると、アレンは私の前にかがんで、真剣な眼差しで私の手を取った。


「キラ、僕は急いでクラークと連絡をとらなければいけない。出来るだけ早く戻るから、ここで待っていて。その間、君をここに閉じ込める。君は外に出られないし、誰もここに入ることもできない。君の安全のためだ。いい?」


私は、黙って頷いた。

アレンは青い瞳を細めて微笑むと、そっと私の背中に手を回し、軽く抱きしめた。


「ごめんね...」


アレンは私の耳元で呟くと、早足で部屋を出ていった。


ひとり残された私は、ソファの上でうずくまった。何が起きているのか。いろんな思いが頭をよぎり不安に押し潰されそうになる。


あの夢の場面を思い出す。アレンが剣を振りかぶり、私の心臓に突き刺す。血しぶきがあがる....。

運命がヒタヒタと静かに近づいて来ているような気がする。

私は、どうなってゆくんだろう...


もう一度、自分の左肩を確認すると黒々とした痣が、呪いのように張り付いていた。心なしか、さっきより広がっているような気がする..。


しばらくの間、ソファにうずくまったまま、アレンの帰りを待っていた。だいぶ時間が経ったように思うけど、アレンはまだ戻って来ない。

このままこの部屋に置き去りにされたようで、だんだん不安に押し潰されそうになる。


「駄目だ...気分を変えよう...」と、私はソファから立ち上がり、部屋の様子を観察した。

初めて見るアレンの部屋。無駄な物がなく、素っ気ない印象だけど、機能的に物が配置されている。本棚には沢山の本が整然と並べられ、難しそうなタイトルのものばかりだった。

デスクの上だけは、書類や本、手紙などが沢山積まれていて雑然としていた。


私はふと、デスクの書類に紛れて置かれていた一通の手紙に目を止めた。他の手紙と違って、女性的な綺麗な花柄の入った封筒。個人的な手紙のようだ。


ドクンと鼓動が鳴り、手にとって見たい衝動に駆られる。


----誰の手紙だろう...駄目よ..勝手に見るなんて...


自分の中で黒いものがユラリと震えた気がした。

突然、頭がチリチリとするような強い衝動を感じた。

私は衝動に抗えず、震える手でそっと手紙に手を伸ばし、手紙を手に取った。フワリとどこかで嗅いだような甘い香水の香りが漂った。ゆっくり手紙を裏返して差出人の名前を見る。


『イレーネ・サンタマリア』


----やっぱり...!ふたりは休暇中も手紙のやり取りをしているんだ....やっぱり私は、ふたりの邪魔者...アレンだって私のこと...きっと、....うんざりしてるのよ!


どす黒い物がじわりと心に広がる。怒りと憎しみと悲しみが入り交じった何とも言えない感情がドクドクと吹き出してきて、その思いに飲み込まれそうになる。


----違う!..どうして?そんなこと思うなんて...!


はっと我に返り、私は突然湧き出た感情を否定する。けれども一度吹き出した思いは、次々と理不尽な不満を押し出し始めた。


----アレンは私が許嫁だから、幼馴染みだから、仕方なく構ってくれてるだけ...。私のような厄介な存在に関わりたい人なんて誰もいない...。私は呪われた不吉な子...優しいふりをして、私を騙して..。本当は今だって...アレンはイレーネ様と一緒に居たいはず....私をここに閉じ込めて...その方が都合がいいのかも...私はこのまま...殺されるのかもしれない...。


「違う...!」


私の中に突然現れた怒りと不信の感情に胸が苦しくなって、私は、両手で頭を抱えて頭をブンブンと振った。

わずかな理性が、溢れ出す不快な感情に抗おうとすると、激しい頭痛と目眩に襲われた。息が苦しくなり、そのまま床にへたり込んでうずくまった。


背後でガチャッとドアが開く音がした。


「キラ!」


アレンが部屋に飛び込んできた。

アレンは床にううずくまる私を見て、慌てて駆け寄り私の肩を抱く。


「キラ、しっかりして!遅くなってごめん。僕の方を見て!」


「触らないで..嫌い..アレンなんか......違う!......嫌だ...嫌!....私みたいな異端児..どうして生まれたの.....どうして......どうせ邪魔なんでしょ..優しくしないでよ...ほっといて..放して..放せ!私を殺すくせに!」


「キラ?どうした?何を言ってるんだ...」


私は、アレンの手を払いのけ、制御できない感情に流されるままにわめき散らした。涙がボロボロとこぼれ落ちる。

アレンは黙って、わめき散らす私を包み込むようにギュッと抱き締めた。そしてそのまま横抱きに抱え上げると、私を隣の部屋に運んだ。


部屋はアレンの寝室のようで、部屋の真ん中に大きなベッドが置かれていた。


アレンは私をベッドにそっと降ろすとパチンと指を鳴らし、フワッと私に何かの魔法をかけた。


体が温かい空気に覆われた感覚を覚え、アレンの匂いに包まれた。とても落ち着く匂い。大好きな匂い。呼吸が楽になって、徐々に私の気持ちも落ち着いてきた。


アレンを見上げると、深い青の瞳と視線が合った。アレンは真剣な眼差しで、私にゆっくりと優しく語りかけた。


「キラ、君の中には、闇魔法の残骸の欠片が入り込んだようだ。取り出さないといけない。今から魔手という魔法の手を君の体の中に入れる。引っ張り出せるかやってみようと思う。少し辛いかもしれないけど...いいかな?」


「魔手...?」

「ああ。魔法の手だけど実際に触られる感覚はあると思う。痛みはない。途中でキラが嫌だと思ったら、すぐに止めるから...」


私は、黙って頷いた。


「じゃあ、始めるよ。大丈夫、力を抜いて、目を閉じて。」


私は、言われるままに目を閉じた。

アレンは、私の左肩の痣に手を置き呪文を唱える。私を包んでいた温かい空気が、ギュッと優しく体を締め付ける。アレンが手を触れた所から、何かがヌルッと入り込んでくるのを感じ、ピクリと体が固まった。


体の内側をやさしく触れられているようなゾワゾワした感じがして、何とも言えぬ感覚に身をよじった。思わず呻き声がでる。

魔手は一瞬躊躇し動きを止めたが、私の反応を確認しながら、再びゆっくりと私の体の中心へ進んでいく。


体の奥で黒い塊がユラリと動いた。

それは、激しく怒り、怯えている。


『クルナ...ヤメロ!』


黒い塊は、魔手を避けようと逃げ回っているようだ。魔手はなかなか塊に触れることができない。触れそうになると塊はスルッと逃げていく。

塊は動く度に体の中が掻き回されるような感覚がして苦しくなる。


やがて、黒い塊は、シュッと小さく丸まり、奥の方へ逃げ込んでしまったようだった。


フッとアレンの魔法が消えたのを感じ、私は目を開けた。体が重くて、すごく気だるい。強ばっていた体の力が抜け、一気に疲労感に襲われる。

先程まで私の中にあった嫌な感情はすっかり消え去っていた。黒い塊はどこかに影を潜めたようだ。


見あげると、アレンも酷く消耗した表情で頬を蒸気させ、少し息が上がっていた。額にはうっすらと汗が滲んでいる。

そして、私と目が合うと軽く頭を横に振った。


「駄目だ... 逃げられた...キラの体に負担が大きいから、今日はもうこれくらいで止めておこう。大丈夫だった?」


「...うん...ちょっと気持ち悪かったけど大丈夫よ..」


「..そ、そう..ごめん...」


アレンは、少し気まずそうに謝りながら、私の体にブランケットをかけてくれた。


「...キラ、悪いけどこれから毎日、同じことを続けるよ。あれをうまく捕まえることができなくても、動きを抑えることはできると思うから...いいかな?」


「...うん..大丈夫..アレンがそうするなら我慢する..。」


アレンは苦笑いを浮かべ、ちょっと安心したような複雑そうな顔をしていた。



「キラ、疲れただろう。今日はこのままお休み。」

そう言ってアレンは、私の額を指でトンと突いた。


急に瞼が重くなり、温かい海に沈んでいくような眠気に襲われる。底が見えない深くて青い海。考えることを全て投げ出し、身を委ねる。

眠りに落ちる直前に、アレンは私の額にそっとキスを落とした。


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