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学園が長期休暇に入ってから、学園は閑散としていた。多くの学生は帰宅し、自宅に帰る予定のない学生の姿がちらほら見られるくらいだ。すごく静かな毎日で、本当にアレンの言うような物騒なことが起きてるのかしらと思ってしまう。
マリアンヌとサーヤとミアは、自宅に帰る前に病室にお見舞いに来てくれた。3人ともすごく心配してくれていて、一緒にバカンスに行けなくなったことを残念がっていた。3人がお見舞いに来るときにショーンも誘ったそうだが、ショーンは「恐いから止めておく」と言ってたそうだ。意味が分からない...。
一度、クラーク殿下もアレンと一緒に来てくれた。すごく感謝されて、謝られてしまって、恐縮してしまった。殿下も大変な時なのに、わざわざ時間を割いてくれて、本当に申し訳ない。
アレンは毎日、傷の確認にやって来る。毎日、痛み止めの魔法をかけられるから、その度に恥ずかしくて堪らない。痛みはなくなるけど、私の心臓がおかしくなりそう。
時間のある時は、私の病室で一緒に食事やお茶をして、ゆっくり過ごしていく。
私の興味ありそうな本をたくさん持ってきて、魔道具づくりのアドバイスをしてくれたりと、何かと私を楽しませようとしてくれた。
アレンは時々、外の状況も教えてくれた。街に出没していた魔物は、お父様やロイドお兄様を含む宮廷魔導師達の尽力により、何人かの闇魔法の使い手達が捕まったため、ずいぶん数が減ってきたということだ。
ただ、闇魔法を使う者が次々に現れるので、いたちごっこなのだそう。黒幕を抑えなければ、完全に無くすことは無理だろうということだった。
アレンは、黒幕と考えられているエルダー公爵周辺の動きを調査したり、牽制するための策に奔走しているようだ。
アレンは、王宮に行っている日もあったので、遅い時間に来ることもあった。そんな時は、すごく疲れた顔をしていて...。忙しそうだから、毎日来なくていいよと伝えたが、やっぱり欠かさず私の様子を見にやって来た。
おかげで2週間くらい経った頃には、私は自分で身の回りのことを出来るくらいまで回復した。
だから、寮の自分の部屋に戻ることにした。アレンは渋っていたが、いつまでも病室に居るのも不便だし、ニーナに世話を頼んでいるジンのことも気になる。
アレンは、定期的に診察を受けること、学園の中では必ずニーナかジンと一緒にいて、ロイドお兄様の剣を持ち歩くことを条件に、ようやく私が寮に戻ることを許可してくれた。
これで、アレンの負担が少しでも減ってくれればいいのだけど...。
寮に戻った私は、リハビリのため少しずつ体を動かすことにして、学園内の散歩を日課にした。学生の少ない学園の中は、静かで穏やかな時間がゆっくりと流れているみたいだった。
よく見ると、中庭の木々や花壇はよく手入れされ、季節の花が咲き誇っていて、心地のよい風が吹き抜けていた。
鳥の鳴き声や虫の声が、静寂の中でいっそう大きく聞こえ、いつもの学園とは違う空間に居るような気がした。
こうしていると、本当に穏やかで平和な日々。自分だけが安全な場所に保護されているという罪悪感を感じる。
それに、あの夢...。運命の日は近いのだと感じる。何が起きるのか..。私は、皆を危険にさらすのかもしれない...。私は、抗うことが出来るのか..。大きな不安に胸が押し潰されそうになる。
その日も私は、ジンと一緒に学園の中を散歩していた。怪我はほとんど治り、体力も以前と同じくらいに回復していた。そろそろ、剣術の練習も再開したいところだ。
お天気もよく涼しい風が吹いていて、とても気持ちのいい日だった。
ふと視線の先に森が見えた。
「ジン、久しぶりに森まで行ってみようか!」
私がジンに語りかけると、ジンは、ミャオと少し心配するような鳴き声をあげた。
「大丈夫よ。ちょっと散歩するだけだから。」
そう言って、私は森に向かって歩き始めた。
久しぶりに入った森の中は、空気が澄んでとてもおいしく感じた。ちょっと来なかっただけなのに、すごく懐かしい。アレンと一緒に剣術の練習をしてたのが、ずいぶん昔のように感じるな..。
いつもの広場に着いた時は、少し息が上がっていた。
----これは、かなり運動不足ね。はやく剣術の練習を始めなきゃ!
ちょっと休憩しようと思った時、ふと小川の方に異変を感じた。
私は、小川に駆け寄り、川の中を覗き込んだ。
----水が濁っている...
普段は、川底がすぐ近くに見えるくらい青く澄んでいた水が茶色に濁っていた。
----最近は雨も降っていないのに、どうして?
よく見ると川上の方から、汚れた水が流れてきているようだ。
----何か起きているのかしら...
私は、川上の方に向かって歩き始めた。ジンが警戒するようにミャーっと大きな声で鳴いたが、放っておくわけにはいかない。念のため、剣を抜き握りしめて歩を進め
た。
しばらく進んだ所に、岩の隙間から水が湧き出ている場所があった。おそらく、ここがこの小川の源泉だと思われる。
そして、湧き出る水に混じってどす黒い液体が一緒にドクドクと流れ出ていた。
----これは...きっと、何かよくないことが起きてるんだ!
ジンが警告するようにけたたましい鳴き声をあげた。私は急いでその場を離れようと、踵を返した。
その時、背後でユラリと黒い影が盛り上がる気配を感じた。振り向くと、その影が私に覆い被さろうとしていた。
私は咄嗟に剣を振り、黒い影を斬りつけた。
ギャァァァァ!!!
凄まじい声が響き、切り裂いた影の破片がヒュッと私の左肩にぶつかった。
影はジュウジュウと黒い煙を上げながら一旦後退したが、再び体勢を建て直したように盛り上がってきた。影は物凄い殺気を帯びているようで、私は、恐怖で足がすくみそうになる。
再び剣を構え、影と対峙しようとした時、
「キラっ!! さがれ!」
アレンが飛び込んで来た。
----アレン!どうしてここが?!
アレンは迷わず影に向かって突進し、影の中心に剣を突き立てた。同時に、バリバリと剣を伝って魔力を流し込んでいる。
凄まじい断末魔の叫びが聞こえ、やがて影はジュウジュウと黒い煙を上げながら消えていった。
「キラ!大丈夫か?!」
アレンが私に駆け寄る。アレンの顔を見て安心すると、急に体がガクガクと震えだし、その場にへたりこんでしまった。
アレンは座り込む私を、ぎゅっと力強く抱きしめた。
「キラ、怪我はないか?」
「ええ、大丈夫よ。怖かった..。アレン..ありがとう..」
アレンは腕を緩めると、ふと私の左肩に目を止めた。衣服の肩の部分が、焼け焦げたみたいになっている。
「キラ、これは?」
「影を切りつけた時に破片みたいな物がぶつかったの..。その時になったんだと思う...。」
「.....。キラ、腕を見るよ。」
そう言って、アレンは持っていた剣で私の衣服の袖を切り裂いた。
アレンは私の腕を見て息を飲む。
私の腕には、黒い痣が広がっていた。
「これは...何?...」
アレンは黙って険しい表情で痣を見つめる。
「確かめないと...キラ、気分はどう?」
「何も..変わらない..」
「痛い所はない?」
「ないわ...」
アレンは私の手を力強く握った。
「キラ、一緒に来て!」
アレンは私の手を引っ張って森を出ると、まっすぐに王室専用の建物であるロイヤル棟に向かった。
「アレン、この痣は何?」
アレンの険しい表情に不安になり、尋ねてみる。
「まだ分からない...。」
言葉少ないアレンの態度から、何か良くないものなんだと思った。




